| クワイ=ガンは頬杖を付いたまま、憮然とした顔で2人の様子をじっと見ている。マスターと客のジェダイナイトがテーブルを挟んでなにやら難しい相談をしているのだが、そんなことはクワイ=ガンには関係がなかった。ただ話が早く終わってくれないかと、いらいらしながらそれだけを待っている。 「だから、アーカイブで調べたのですが見つからないのです」 「そんなはずはないだろう。マダム・ジョカスタ・ヌーにお伺いは?」 「立てました。きちんと彼女に調べてもらってのことです」 どうでもいいじゃないか、と心の中で何度もつぶやきながら、クワイ=ガンは右手の指に挟んだブレイドの端を所在なげに弄んだ。 ずいぶん前から楽しみにしていた休日。今日はコルサントで一番高い物見の塔に連れて行ってくれると前から約束していたのだ。マスターの仕事が長引いてしまい、彼が部屋に戻ってきたときには時計はもう3時を回っていた。 「早く早く、あんまり遅くなったらつまんないですよ!」 「ああ、わかっている。ちょっと待ちなさい。今ローブを……」 どたばたと外出の用意をする。そしていざ出発しようというそのときに、急にこのジェダイが訪ねてきたのだ。 「すみません、お休みのところを。あ、お出かけですか?」 「いや、かまわんよ。どうした?」 ひげを生やした若いジェダイナイトは、長いローブをひきずるようにしてお辞儀をした。マスターは一瞬困ったように眉をひそめたが、すぐに笑顔になって首を横に振る。 「クワイ=ガン、ちょっと待ってなさい」 「………………はい」 いやです、とはまさか言えず、クワイ=ガンはしぶしぶソファに座った。マスターとジェダイナイトもテーブルを挟んで座る。 そのジェダイナイトのことは良く知っていた。マスター・ドゥークーの元パダワン、つまりクワイ=ガンの兄弟子に当たる人だ。自分のひとつ前のパダワンということもあって、何かと顔を合わせる機会が多かった。特に彼が初めて取ったパダワンというのが聖堂でも有名な「問題児」であり、そのことで彼はよくドゥークーに相談しに来る。 ふわふわした栗色の髪の毛に、きれいなブルーグレーの瞳。白い頬を柔らかそうなヒゲが覆っているが、あまり似合っているとは思えない。童顔だからだろう。おそらくマスターとしての貫禄をつけているつもりなのだろうが、貫禄と言うよりは (犬、みたい……) 茶色い犬ころのような印象を受ける。それでいて彼は伝説のシスを倒した敏腕のジェダイナイトなのだという。クワイ=ガンにはそのことがどうも信用できなかった。 長すぎて指先しか出ないローブ、人の良さそうな曖昧な笑顔、年よりずっと若く見える容貌、特に大柄でも体格がいいわけでもない外見。どこをどう見ても凄腕のジェダイには見えなかった。 そして彼は、何かというとドゥークーに頼ってここへやって来る。 「しかしオビ=ワン、アーカイブにないものはないとしか言いようがないだろう?」 「けれど確かな情報なのです。信用できる情報源からの話なので」 さっきから同じような話の繰り返しだ。クワイ=ガンは聞いていていらいらした。 出かけようと羽織ったローブがそろそろ暑くなってくる。すぐに出かけられるかと思ったのだが、話は難しくなってきているらしい。マスターが腰を上げる気配はなかった。 クワイ=ガンは大げさな動作でローブを脱ぎ、立ち上がった。ドゥークーがちらりとパダワンに視線を向けたが、すぐに話に戻ってしまう。どうやら話を切り上げる気はないようだ。 (クソッ……) 腹立ち紛れにローブをソファにたたきつけ、クワイ=ガンはキッチンへ立った。先約とはいえ、自分のはただの遊びであり、マスターのは仕事の話だ。そんなこともわからないような聞き分けの悪いパダワンだと思われたくない。話が長くなるようであればお茶くらい出すのが務めだろう。 お湯が沸くのを待ちながら、何度も時計に目を走らせる。ここから物見の塔までの移動時間もあるし、向こうで遊ぶ時間もほしい。あんまり遅くなると明日に響くし、それにマスターは今夜も予定があると言っていた。とにかく忙しいマスターの予定の合間を縫ってやっと取り付けた約束なのに……。 (こういうときに限って来るなんて、タイミング悪い) 渋い顔をしたクワイ=ガンは不機嫌を隠さず、3つのティーカップを運んでそれぞれの前に置いた。 「あ、ありがとう。クワイ=ガン」 マスター・ケノービが顔を上げて微笑む。クワイ=ガンは仏頂面のまま小さくうなずくと、すぐにそばを離れて自分のお茶に口をつけた。 「やはり消滅したと考えたほうが正しくはないかね?」 優雅にティーカップを傾けながらドゥークーが言う。目の前のデータパッドを指して、深く考えながらゆっくり言葉を紡いだ。 「お前の情報では、リシ・メイズから少し南の、ここの象限のどこかに、あるはずなんだな? しかしアーカイブにはない」 ドゥークーがオビ=ワンを呼ぶ「お前」という呼称が、なんとなくクワイ=ガンの気に障る。妙に親しみのこもった呼び方だ、とカップの端を噛みながら思った。 そんなクワイ=ガンの気持ちなど伝わるはずもなく、ドゥークーはオビ=ワンと向かい合ったままさらに言葉を続けた。 「重力スキャンした結果、そこに矛盾が生じていたらしいな。では、やはり星は消滅したのだと考えなければならない」 「しかしここにカミーノという星があるはずなんです」 「ないものはない、とマダム・ジョカスタ・ヌーも言ったはずだ」 「しかし、しかしマスター……」 オビ=ワンは納得がいかない、というように口ごもった。 彼の「マスター」という呼び方もまた、クワイ=ガンの気に入らなかった。オビ=ワンはジェダイマスターとしてのではなく、師としてのドゥークーを呼んでいる。今ドゥークーのパダワンは自分ひとりだというのに、彼のことをマスターと呼ぶ人間は他にもたくさんいるのだ。公用が済んだら今度は元パダワンの世話。一体このマスターはいつになったら自分の相手をしてくれるのだろう? 2人の話は堂々巡りだ。ドゥークーは得られる情報から最も妥当な結論をすでに出している。にもかかわらずこの若きジェダイナイトはその結果を受け入れようとしない。どうしても納得しないのだ。 (いい加減にしてくれよ……) カップの底に薄く残った最後のお茶を飲み干して、クワイ=ガンはうんざりした表情でため息を吐いた。 どうしてこんな簡単なことがわからないのだろう。 「誰かがアーカイブの情報を操作したんじゃないんですか」 ぼそっとクワイ=ガンがこぼす。顔をつき合わせて討論していたマスター2人は、驚いてパダワンを振り返った。 「クワイ=ガン、今何と言った?」 「だからマスター、誰かがアーカイブの情報に手を入れたんですよ。そのカミーノとやらの存在を隠しておきたい、誰かが」 そうとしか考えられない。「ここにあるのは確かなんだ」と言うマスター・ケノービの主張が正しいとするなら、アーカイブの記録が間違っているのだ。星の存在自体が記録にないとはいえ、重力の痕跡は確かにそこにある。星はそこに存在するはずだ。 「しかしアーカイブの情報を操作できるのは……」 「オビ=ワン」 言いよどむオビ=ワンを、ドゥークーが目で制する。そんなことができるのはジェダイだけだ。それが何を意味するか……。非常に危険かつ不穏な問題だ。 「とにかくクワイ=ガンの言うとおりだろうな。お前の情報源が信用に足るものであるならば、その重力の中心へ行ってみなさい。探している惑星はそこにあるだろう」 「はい、ありがとうございます、マスター。それからクワイ=ガンも」 「いえ、たいしたことではありません、マスター・ケノービ」 褒められて嬉しい、というよりはようやく話にけりが付いてせいせいした、という思いだ。クワイ=ガンは別段面白くもなさそうな表情でマスター・ケノービを見上げた。 「では私はこれで。ありがとうございました」 「気をつけるんだぞ、オビ=ワン」 「はい」 丁寧にお辞儀をして、オビ=ワンが去っていく。ドゥークーが壁の時計に目をやると、そろそろ夕方になろうかという時刻だった。まだ外は明るいが、遊びに行くには少し遅すぎるだろう。 振り向くと、クワイ=ガンが仏頂面でソファに身を投げている。すっかり機嫌を損ねてしまったようだ。仕事も続いているし、次に遊びに行くのはいつになることだろう。ドゥークーは困った顔で、ふてくされているパダワンに近づいた。 「パダワン、ありがとう。助かった」 「イーエ。ベツニナンデモアリマセン」 機嫌の悪いときのクワイ=ガンはいつも、こんなふうに台詞を棒読みにする。どうしたものか、と小さくため息を吐いて、ドゥークーはソファに張り付いているパダワンの手を引いた。 「ま、ちょっと外に出てみないか。パダワン」 外はよく晴れていて、青い空が広がっていた。もうすぐ太陽が西へ傾き、空を劇的に赤く染めていくことだろう。マスター・ドゥークーは、物見の塔から夕日を見た話を何度もクワイ=ガンに聞かせていた。だから今日はそれを見に行こう、と前から約束していたのだ。 「夕焼けを高い物見の塔のてっぺんから見ると、素晴らしいんだ。空がこう、何と言うかな。空がたくさん見えるんだ。普段下から見ているときの何倍もたくさんの空だ」 「空にたくさんとか、少ないとか、そんなのってあるんですか?」 「あるさ。それが端からどんどん赤に染まっていく。やがて空が真っ赤に燃えて、青いカーテンを焼き尽くす。燃え尽きたところから炭のような黒に染まっていって、そして焼け跡にダイヤモンドがいくつも輝き出すのだ」 「見てみたいです、マスター」 「そうだな、次の休みにはお前を物見の塔に連れて行ってやろう」 「約束ですよ、マスター?」 「ああ、いいとも」 そんな会話を交わしたのがつい昨日のようだ。けれど今日はもう間に合わない。クワイ=ガンは口をへの字に曲げて押し黙ったまま、ドゥークーの隣を歩いていた。 「クワイ=ガン」 下を向いたまま歩いていると、突然体が宙に浮いた。 「うわあっ」 気が付けばドゥークーの肩の上に乗せられている。肩車など久しぶりだ。 「まだこんなことができるんだな、私のパダワンは」 「降ろしてくださいっ! みっともないです!」 「しかしもう少し重くなったら、したくともできないぞ? 今しかできないことを大切にしなければ」 「肩車なんてしたいとは思わないですよ!」 口では反論しているが、高いところでは怖くて暴れることができない。結局おとなしくドゥークーの肩の上に乗せられる羽目になってしまった。 約束を破られた上に、不機嫌な子ども扱いだ。クワイ=ガンは唇を尖らせて、ドゥークーの頭の上に頬杖をついた。ブレイドを右手の指で弄び、ちらちらとこちらを盗み見ているジェダイたちの視線を無視してドゥークーに話しかける。 「マスター・ケノービってよく来ますね」 「ああ、あいつは大変だからな。いろいろと」 「他にもマスターのパダワンだったジェダイって人、よく来ますよね」 「うーん、私もたくさんパダワンがいたからな」 別にどうということもない、というようにドゥークーは答える。けれどクワイ=ガンにとっては重要な問題のように思われた。 「何かというと頼られてますよね、マスターって」 「そうかな。マスターを頼るのはジェダイの常だろうと思っているのだが」 「人気者なんですね、マスターは」 「そうでもない」 よいしょ、とドゥークーがクワイ=ガンを担ぎ直す。揺さぶられてマスターの頭につかまり、クワイ=ガンはますます唇を尖らせた。 「俺、ナイトになってもマスターに頼ったりしませんから」 「寂しいことを言うじゃないか。どうしてだ?」 「別に。忙しそうですし。マスターなんか頼らなくてもやっていけるジェダイになるつもりだし」 明らかに機嫌の悪いクワイ=ガンに、ドゥークーはどう言ったらいいものかな、と内心困ってしまう。 「そんなこと言うな。いつでも顔を見せに来てくれ」 「絶対頼りません。俺はきっと任務であっちこっち忙しくて、コルサントに帰ってもどうせあなたは仕事で忙しいし、あなたの邪魔をするつもりもないし、どうせ会う暇もないんですよ」 不満を訴える代わりにそんな架空の未来図を矢継ぎ早に並べ立ててみせるクワイ=ガンに、ドゥークーは苦笑を隠し得ない。 「わかったから機嫌直しなさい、クワイ=ガン。ほら」 いつの間にか、ドゥークーの足は2人を丘の上へと運んでいた。聖堂の緑地の外れにあるその丘は、コルサントの町並みや宇宙船のポートを一望できる。クワイ=ガンは息を呑み、マスターにしがみついている腕に少しだけ力を込めた。 「高い……」 「いつもより少しだけ、だがな」 物見の塔はこんなものではないんだが、とドゥークーは付け加えた。けれどクワイ=ガンには今まで見たどんな景色よりも高い場所のように思える。 ドゥークーはヒューマノイドの中でもかなり長身の方だ。そんなマスターの上から見る世界は、まるきり違うもののようだった。たった数十センチ視線が上がっただけで、世界はこんな風に見えるものなのだろうか。 ぎゅっとマスターの頭にしがみつく。そうしなければ目の前に広がる世界に転落してしまいそうなほど、世界は広く大きく感じられた。 「マスター、空が大きいですね」 「そうだな」 西の方がかすかに赤みを帯びてきている。まもなく空は夜を迎える準備に入るだろう。そうして夜が来て、また朝が来て、この星は永遠とも呼べるほど長い間それを繰り返すに違いない。 「マスター、明日も夕日は落ちますね」 「そうだな」 「あさっても、しあさっても、夕焼けは見れますね」 「ああ、そのとおりだパダワン」 広いコルサントを見下ろして、ドゥークーがうなずく。 「いつか、高い物見の塔から見てみたいですね」 「必ず連れて行く。約束しよう、クワイ=ガン」 「はい……」 素直にうなずいたクワイ=ガンの足を、ドゥークーはよしよし、と軽くたたいてやる。 今日は2人で、ここから夕焼けを見よう。 いつかきっと、高い塔のてっぺんからも夕焼けを見よう。 今日も、明日も、何度だって太陽は落ちていくから。 いつか必ず、と約束したのなら。 きっと2人で見に行ける。 この世で最高の、夕焼けを。 <<END>> |
| ちょっと順番を変えて、先に12345HITのみりんさんからのキリリク「伯爵のパダワンに嫉妬するクワイ」です。みりんさん、お誕生日おめでとうございま〜すv 誕生日に嫌がらせプレゼントのような気がしないでもないのですが、UPさせていただきます。毒マスターとクワイの話なんていつもなら「誰も読まね〜よ、ケッ」とかやさぐれながら書いてるのですが、今回はキリリク! 少なくとも一人は読んでくれるはず! ということで大喜びで書いてました。 ネタ的には「は? ヒゲオビ? どういうこと?」かつ「ギィさんのイラストと被ってるって言うかむしろパクってる」という感じで大変恐縮ですが、まぁ大目に見てあげてください。元ネタはいわずと知れたギィさんのキリリクイラスト「意固地。」と、それから私のキリリクであったギィさんの「知らないけど知っているヒト。」です。両方ファンアートで見れます。なんだか面白そうだったので設定とかミックスしてみました。おそらくこのパラレル設定では、ドゥークーは離反してなくて、前の弟子がオビ=ワン、今の弟子がクワイ=ガン。オビ=ワンはアナキンを弟子にとっていて、クワイ=ガンとアナキンは同期生ですね。それはそれで面白そうだなぁ。シリーズ化してみたいなぁ。無理か。 パダクワイはまだどんな子だったかいまいちわからないので難しかったですが、とにかく頭のいい子ではあった気がします。毒マスターとパダクワイ、書いてくれる人が少ないのでこれからもたくさん書いてみたいです! ともあれ、みりんさんリクエストありがとうございました! |