その病める惑星から     BY明日狩り

 あの時、自分の記憶の一番古いところで、クワイ=ガンはドゥークーにつれられてこの惑星を後にした。
「君には才能がある。ついて来るかね?」
 それだけであの人について行く気になったのは、自分がこんな星で終わる器ではないことを、子供心に感じていたからだった。

 そして最も古い記憶の中で、クワイ=ガンは自らの惑星に絶望していた。
 その、さほど大きくもない惑星は、かつてそこが緑に覆われた豊かな星であったことなど想像できないほど疲弊していた。
 山ははげ、川はどす黒く濁って、野原に生きているのは灰色のドブネズミと脂ぎった数種類の昆虫だけだった。
 空を見上げれば毒素を含んだ粉塵が目に見えるほど多量に舞い、人々は防塵マスクなしでは戸外へ出ることもできない。

「昔は山で鳥が鳴いていたの。私たちは川に入って魚を獲ったのよ」
 母が語る昔話は、ほんの数十年前のことなのだという。
 けれど幼いクワイ=ガンには、鳥が空を飛ぶことも、川に人が入ることも、想像できない夢物語だった。




 防塵マスクと軽装の防護服を身に着けて、クワイ=ガンは川のほとりで座り込んでいた。
 もう遠い遠い昔の記憶なので、そこがどこだったのか、それが本当に川だったのかさえ定かではない。

 けれど壮年の男が傍に寄り添ってきたそのことだけは妙にはっきりと思い出すことができる。
 その人はクワイ=ガンと一緒に、しばらくじっとあたりの風景を眺めていた。
 それから、マスクの下からでもはっきり聞こえる聡明な声でこう言った。

「実に悲しいことだ」

 何か悲しいことでもあったのだろうか。
 クワイ=ガンは男に何か声をかけたような気がする。
 なんと言ったかは覚えていないが、その人はクワイ=ガンの顔を見て、目だけで微笑んだ。

「君の星がこんな風になってしまったことが、悲しいのだ」

 どうして悲しいの、と聞いた。
 男は今度は目だけで悲しそうな表情を作った。
 そして、

「君がそんな風になってしまうことも、悲しい」

 と言った。

 どうしてそんなに悲しむことがあるのか、幼いクワイ=ガンには理解できなかった。
 なぜなら、クワイ=ガンがこの星に感じていたのは、絶望だけだったから。

 大人たちの話を聞かなくてもわかった。
 この星はもう何年もしないうちに、生物の棲めない、死の星になる。
 クワイ=ガンは幼い頭で、幼いからこその直観で、そのことを見抜いていた。
 自分も大人になる前に、星と共に滅びるだろう。

 だからクワイ=ガンは、質の悪い防塵マスクの隙間から毒の埃が入ってくることもかまわずに、毎日外に出てあたりを眺めていた。
 お前は故郷の星を愛していたのだ、と後にクワイ=ガンはマスターに言われたことがある。
 きっとそうだったのだろう。
 死に行く故郷の星を、その最期を見届けようと、幼いクワイ=ガンは毎日病んだ星を看ていたのだ。

 そして男は、病んだ星の血管のような川をじっと見つめている幼子に手を差し伸べた。

「君には才能がある。ついて来るかね?」

 その瞬間、諦めるしかなかった自分の生が、ぱっと明かりがついたように未来へと開けた。
 うなずいて、手を取った。
 迷いはなかった。

 どこへ連れられていくのかも、彼が何者なのかということも、聞かなかった。
 ただ、ここから連れ出してくれるのならどこでもいいと思った。
 こんなところで星と共に滅びたいとは思わない。
 死にたくなかった。
 生きたかった。

 この星が、愛する自分の故郷が、滅びようとしているその時。
 クワイ=ガンは故郷を見捨てた。




 母に一言挨拶をして、その星を出た。

 それ以来、1度もその星へは帰っていない。






 通商同盟の手によって、あの惑星は骨の髄まで資源をしゃぶり尽くされようとしていたらしい。

 そのことを知ったのはドゥークーに連れられてコルサントへ行き、パダワン候補生として修行を始めてからずいぶん経った頃だった。
 現代経済学の授業で、奴隷制と搾取の話をしていたあるマスターが近年の例としてその惑星の名をちらっと挙げた。
 一瞬、胸の奥まで突き刺されるような感覚があったが、ペンを持つクワイ=ガンの手は止まらなかった。

 もう、捨てたのだから。

 どんな言い訳をしようとも、滅びようとする故郷を見捨てたのは自分だ。
 その罪だけは永遠に、自分が生きていく限り、償えないものだ、とクワイ=ガンは思っていた。

 生物が生きようとする、その欲は正当なものだ。
 どんな生物も、生きようとする権利は認められるべきである。
 けれど、どんな正論を立てようとも、自分の胸に残るこの罪悪は消えることはないだろうと思われた。

 だからせめて、もう2度とあの星のような不幸が起こらないよう、そのために尽力する決意があった。
 故郷を見捨てた痛みは死ぬまで背負っていく。
 しがみつくように授業の内容に集中しながら、クワイ=ガンはいつか銀河の平和と秩序を守るジェダイナイトになる自分の姿を思い描いていた。
 そうならなければ、この痛みは癒されない。
 この罪は償えない。

 幼いクワイ=ガンの克己心と努力は、どのマスターも感嘆するばかりだったという。

 だから、他の例よりずいぶん早くパダワンとして認められたのも、無理な話ではなかった。







 パダワンにとって13歳の誕生日は特別なものだ。
 13歳までにマスターに見出されなければパダワンにすらなれない、という慣例の方はこの場合クワイ=ガンには関係のない話だったが、13歳の誕生日にマスターから特別な贈り物をされる、という方は非常に意味のあることだった。

 才能豊かで優秀なクワイ=ガンをパダワンに取ったのは、やはりドゥークーだった。
 彼のパダワンになってはや数年、他の師弟より深い絆をもってクワイ=ガンは13歳の誕生日を迎えた。
 パダワンになってあまり月日がたたないうちにこの日を迎える師弟もいるのだから、そういう者たちと比べたら、今日という日はドゥークーとクワイ=ガンにとっていっそう特別な日になるはずだった。

 いったいどんな贈り物をもらえるのだろう。

 有能だと誉められようとも、強情で多少扱いづらいパダワンだと囁かれようとも、クワイ=ガンはやはりまだまだ少年である。
 間もなく訪れる13歳の誕生日のことを、そして贈り物のことを、ずっとワクワクしながら待っていた。
 マスターによっては数ヶ月も前から準備したり、遠くへ出かけてそれを用意したりするそうだ。
 幼いときから目をかけていてくれたマスター・ドゥークーがクワイ=ガンへの贈り物に手を抜くわけがない。

 クワイ=ガンは自分に与えられるものがどんなものか、毎日空想した。
 そして少年らしい傲慢さで、それらの空想の中でも1番素晴らしいものを与えられるだろうと思っていた。
 その「1番素晴らしいもの」は毎日のように変わったが、いつでもクワイ=ガンは想像しうる最高のものを期待していた。


「クワイ=ガン、旅支度をしなさい」

 しかしあと3日で誕生日、というときに、ドゥークーはパダワンにそう命じた。
 通常なら13歳の誕生日を迎えるパダワンは、静かに瞑想に耽る慣わしになっている。
 だからそんな師弟に任務が下ることなどありえないのだが。

「マスター、任務ですか?」
「そうだ。明日には出発する。向こうへ到着するのは明後日だ」

 ドゥークーはそれだけ告げるとさっさと行ってしまった。
 さすがにクワイ=ガンも驚いてマスターのローブを引く。

「ちょ、ちょっと待ってください。何かの間違いじゃないですか?」
「間違いではない。明日の出発だ。その手を放して、きちんと準備をしなさい」

 きちんと準備して欲しいのはこっちのほうだ、と頭の中で悪態をつきながら、クワイ=ガンはおとなしく手を放した。
 子供っぽくだだをこねたり、みっともないところを見せるのは嫌だった。

 まさかとは思うが、マスターは自分の誕生日を忘れてはいないか?
 慣れ親しんだ間柄だからと、その日のことを軽く考えてはいないか?
 さまざまな疑問と憶測が頭を駆け巡るが、どうすることもできない。

 ただ黙って、旅の準備をしただけだった。


 どこへ行くのかさえ教えてはもらえなかった。
 マスターは不必要だと判断したとき、任務の内容をパダワンに説明しなくてもいい。
 けれどそんなことはクワイ=ガンにとってはどうでもいいことだった。

 小さな船の個室でじっと膝を抱えたまま、クワイ=ガンは刻々と迫る自分の誕生日のことばかり考えていた。
 マスター・ドゥークーは緊張した面持ちで、声をかけることさえためらわれる雰囲気があった。難しい任務なのかもしれない。
 そして何か特別なもの……贈り物とか……を携帯しているようにも見えない。
 
(どんな任務か知らないけれど、それにしたってひどい……)
 クワイ=ガンはじっと床の一点を見つめて唇をかんだ。
 欲を捨てろ、という教えなのだろうか。
 傲慢なパダワンへの見せしめだろうか。
 それともマスターは自分のことを愛していないのだろうか。

 頭の中がぐちゃぐちゃになって、クワイ=ガンはこぼれそうになる涙をぐっと堪えた。

「着いたぞ。さぁ来なさい」
 マスターに呼ばれるまで、クワイ=ガンは船の客室にずっと閉じこもったままだった。















 マスターに手を引かれてタラップを降りると、眩しい日差しに一瞬目がくらむ。
 ここはどこだろう、と目を上げると、1番最初にどこまでも突き抜ける青空が目に入った。

 青い空に、綿のような白い雲がぽっこりと浮かんでいる。
 鳥らしい生物が囀りながら、目の前を横切っていく。
 空は緑の山の峰へとゆるやかに落ち込んでいき、風が木々を揺らしてざわざわと心地よい音を響かせた。

「ずいぶん平和そうな星ですね」

 クワイ=ガンは率直な感想を述べた。
 ここでいったいどんな政治的紛争が、内乱が起こっているというのだろう。
 マスターがあんなに難しい顔をしていたのだから……そして今日13歳の誕生日を迎えるというパダワンをあえて送り込むほどなのだから、よほど厄介なことに違いない。

「ああ、平和そうだな」

 マスター・ドゥークーは眩しそうに空を仰いで、それからにっこりと微笑んだ。
 それは、これから厄介な任務に取り掛かろうとする人の顔ではなかった。

 クワイ=ガンが不審に思っていると、長身のマスターは腰をかがめてクワイ=ガンに視線の高さを合わせた。
 肩に両手を置き、瞳の奥の奥までじっと見つめる。


「誕生日おめでとう、私の愛するパダワンよ」

「……………………」

 こんなときにひどく場違いな気がして、クワイ=ガンは変な顔をしたまま無言でマスターの顔を見つめた。
 そんなパダワンの様子にマスターは深くうなずき、立ち上がって手を広げる。

「ここがどこだかわかるか、パダワン」
「……わかりません」

 そう言ってもう一度あたりを見回す。
 平和そうな惑星。
 自然にあふれた、豊かな星。

 マスターの顔を見上げて、首を横に振る。

「ここはどこなんですか?」

 するとドゥークーは上からパダワンを見下ろして、もう一度深くうなずいた。






「ここは、お前の故郷だ」








 驚いてあたりを見回す。

 ここが?

 私の故郷?









「まさか……」

 言葉に詰まっているパダワンを満足そうに眺めて、ドゥークーは遠くの山に視線を移す。

「10年前、この惑星の権利を蹂躙していた通商同盟と惑星政府の調停のために、私はここへ派遣された。
 任務を終えて帰ろうと思ったとき、汚れた川にじっと見入っていたお前に出会ったのだ。
 お前は私に、「何か悲しいことでもあったの?」と尋ねた。優しい子だ、と思ったよ。
 私はお前を連れ帰り、そしてお前の為に何かしてやりたいと思った。

 ここまでするのにずいぶん時間がかかったが、しかし間に合ってよかった。

 これがお前への贈り物だ、私の若きパダワン」


 クワイ=ガンは黙って、船を離れた。
 マスターも黙ってその後をついて行く。

 街へと続く舗装された道を逸れ、緑に生い茂る草を踏んで進む。
 足元を草色の昆虫が飛び跳ねて逃げた。
 むっとするような緑の匂いが、鼻につく。

 自分の背丈ほどもある草を両手で掻き分けると、突然川が現れた。

「川だ」
 信じられないものを見たかのように、クワイ=ガンは呆然とそう言った。

 きらきらと日光を反射する川面は、涼しい匂いがした。
 ぱちゃん、と魚が跳ねる。
 鳥が水面すれすれに飛び去っていく。
 川底まで見通せるほど透き通った水が、絶え間なく流れていく。

「川だ」
 それが川であることを確かめるように、クワイ=ガンはもう1度つぶやいた。

「川だよ。お前が一日中眺めていた、あの川の上流だ」
 隣に並んだドゥークーが、感慨深げに腕を組んで言う。

 驚いて立ちすくんでいると、マスターはクワイ=ガンの横を抜けて川原へ踏み込んでいった。
 靴が濡れるのもかまわずに水の中に入り、清流に手を浸して川底を漁っている。

 そして、何かを拾い上げた。

「クワイ=ガン。これをお前に上げよう」

 胸がいっぱいで何も言うことができないでいるパダワンの手に、マスターは苦笑しながらそれを握らせた。
 手を広げてみると、それは小さな石ころだった。
 川底から拾ってきた、ただの石ころだった。

「お前はこの川底にこんな綺麗なものがあることさえ知らなかったろう」

 得意そうに話すマスターの顔と手の中の石とを交互に見比べた。
 ここは本当にあの、汚泥が沈殿し毒が流れていたどす黒い死の川なのだろうか?
 にわかには信じがたかった。

 手の中の黒い石は、よく見ると表面に深紅の縞模様が走っている。
 それが光に当たって綺麗につやつやと輝いていた。
 入ることなど想像すらできなかった川底に、こんな美しいものが沈んでいたなんて。

「……綺麗です」

 クワイ=ガンはそれしか言うことができなかった。
 そしてマスター・ドゥークーもまた、その一言で満足したらしかった。

 クワイ=ガンはその日1日中、その石と光る川とを眺めていた。
 10年前、死せる川を眺めていた時と同じように、そしてその時とはまったく違った気持ちで。
 傍らのマスターもまた、あの時と同じようにクワイ=ガンの傍にずっと寄り添っていた。








 クワイ=ガンの13歳の贈り物は、結局のところその小さな石ひとつきりだった。
 けれど彼は長いことそれを肌身離さず、大切に持ち続けている。

 いつか大切な時が来たら、とクワイ=ガンは思っている。
 この故郷に対して背負っていたような罪悪を何かに対して再び背負わなければならないことがあったら、その時この石を使おうと。
 誰かにあげるのかもしれない。捨てるのかもしれない。
 いずれにせよ、その時きっとこの石がクワイ=ガンのために重要な働きをするだろう。

 いつもその石をチュニックのポケットに大切にしまっておきながら。
 クワイ=ガンはそう思っている。



<<END>>
 



おおっ、今度はまじめな(ええっ!?)DQじゃありませんか。忍城さんに見せたらすっごく喜んでくれましたが、「毒伯爵と桑井さんのちょっといい話なんか誰も読みたがらないよ」と言われました。まったくそのとおりだと思いました。でも今まで書いてきたファンフィクの中では出色の出来だったと自負しています(笑)。だめじゃーん!クワオビ書けよ!
でもDQ、エロだろうがマヂだろうが、すっごく書きやすいです。楽しいなぁ。いつも笑顔で弱い者に優しいドゥークーさんってのが自分の幻覚であることは一応理解しているつもりです。
蛇足ですが解説。この話のEDはJAの有名なシーンに繋がってます。13歳の誕生日には特別な贈り物をもらえるはずのパダワンなのですが、オビ=ワンがクワイ=ガンからもらったのは黒い石ころのみ。「私が幼い頃、故郷で拾ったものだ」という解説しかついていないその石をオビ=ワンはなんだかよくわからないけれどとりあえず受け取る……という、ちょっとひどい話です。自分の個人的な思い出の品をパダワンが喜ぶとでも思っているのかよ傲慢マスター桑井! 私もそこまでしかJA読んでないのでそれがどんな話に発展していくのか、あるいはしていかないのか定かではないのですが、とりあえずそんなことで。



ブラウザのBACKでお戻り下さい。