| 規則正しい呼吸を繰り返しながら、オビ=ワンはつらそうに眉をひそめた。同じ姿勢を強いられ続けている体がきしむように痛むが、動かせばそれ以上の痛みが拘束具から与えられるため身動きが取れない。ゆっくりと回転する体は方向感覚を失い、宙に浮いた足がじわじわと不安感を募らせる。 焦燥感は、やがて肉体の苦痛に変わる。 「……………………」 眠ることも、瞑想状態に入ることも許されない。ドゥークー伯爵がこの独房を去ってからいったいどれほどの時間が経過したのか、それすらもわからなくなってきた。時間、方向、あらゆる感覚が削り取られ、こそげ落ちていく。手のひらから水が一滴ずつ零れ落ちていくように、オビ=ワンから冷静さと体力が奪われていった。 飛び出しそうな気持ちを抑えて、オビ=ワンはずっと同じことを考えていた。考えたくて考えているのではない。何かに集中することができず、頭の中を同じことがぐるぐるめぐっているだけだ。 体が回転するのと同じ速度で、ゆっくりと頭の中をめぐっている、考え。 『クワイ=ガンならきっと協力してくれただろうに』 即座に否定した。オビ=ワンにとってクワイ=ガンとは、どんなときでも己の正義を曲げることのない、まっすぐな人だった。だから思考よりも早く、感覚的に「それはありえない」という言葉が口をついて出たのだ。ドゥークー伯爵の話は筋が通っていたが、彼から感じる後ろ暗いものがオビ=ワンを完全には信用させなかった。 「クワイ=ガンはお前などに組しない」 鼻で笑ったつもりだったが、逆に笑い飛ばされ、オビ=ワンは虚を突かれた思いだった。 「果たしてそうかな。あれは私の弟子だった男だ」 あのときの伯爵の余裕な笑み。自信たっぷりなその表情はなぜかクワイ=ガンを思い出させた。 それがずっと気になっている。 『あれは私の弟子だった男だ』 腕を組み、オビ=ワンを見上げてにやりと笑う。その視線が、態度が、雰囲気が似ている。 『お前はまだまだリビングフォースが読めていない』 オビ=ワンにそう諭すときのクワイ=ガンは、腕を組み、少し上体を反らして、口の端を上げ得意そうに笑った。少しだけ「困ったやつだな」というニュアンスの苦笑が混じっている点まで、ドゥークーの表情はクワイ=ガンに似ていた。 (クワイ=ガンは……マスターは違う…………) 苦痛と屈辱に顔を歪めながら、オビ=ワンはその事実を否定しようとした。クワイ=ガンなら何が正しいことか、何が暗黒か、わかるはずだ。クワイ=ガンの中にあった判断基準、それは言葉では定義できないものだったが、彼の中に確実に存在していた。たとえ無茶な判断であっても、それは彼なりの正義に基づく決定だったから、後々評議会に釈明を求められようともクワイ=ガンが自分の判断を後悔したり恥じたりすることは一度たりともなかった。 ドゥークー伯爵の意図はまだ判然としない。けれど、少なくとも彼の企みにクワイ=ガンが協力することはあり得なかっただろう、ということだけは明確だった。 「マスター……」 虚ろな視線を泳がせながら、オビ=ワンは無意識につぶやいていた。クワイ=ガンをその呼称で呼ぶことを止めたはずのオビ=ワンだったが、半ば朦朧とした意識の中で彼は自然とその名を呼んでいた。 「未だパダワン気分か?」 突然声をかけられて、オビ=ワンの意識がはっと現実に立ち返る。オビ=ワンの足元に立ってじっと彼を見上るドゥークーは、厳しい視線を投げかけていた。少し前から部屋に入ってきていたらしいが、気配にも気づかぬほどオビ=ワンのフォースは弱まっていた。 「何のことだ」 眉根を寄せて吐き捨てるように言う。ドゥークーは呆れて小さくため息を吐いて見せた。 「さて、私は知らぬな。お前がつぶやいた言葉の解釈など、私にはできんよ」 「…………………………」 「お前が何を考えようとも、かまわん」 そう言いながら、ドゥークーの目はまるで断罪するかのような厳しい光を宿していた。 これ以上話すことなど何もないが、オビ=ワンの方に話すことがないことなどドゥークーもわかっているだろう。 「今度はどんなほら話を聞かせてくれるのかな」 身動きが取れない分、精一杯皮肉を込めて言う。そんなことをしても状況がよくなる可能性などあり得ないとわかっていても、気持ちが収まらなかった。 「ほら話? 私は真実しか語らない」 心外だ、というようにドゥークーは肩をすくめた。そしてオビ=ワンの周りをゆっくりと、考え事をしているような顔で歩んだ。 「そんなことを言っているようでは、私の話を聞く気もないようだな」 「聞くに値する話なら歓迎なんだがな」 「聞くに値しない話など、した覚えはないがね」 言葉を交えていても疲れるだけだ。オビ=ワンはいらいらする心を必死で制御しようとして目を閉じた。 「クワイ=ガンはよい弟子だった」 唐突に、ドゥークーが語り始める。 「私のパダワンの中でも、もっとも私の意志を受け継いでくれた。それに優秀だった」 「強く、聡明で、そして正しこととは何かを知っていた。あなたとは違って」 思わず目を開き、勢いに任せて言葉をぶつけた。それを待っていたかのようにドゥークーがオビ=ワンを仰ぎ見る。 「何が違うと言うのだね」 「何もかもだ。あの人はあなたとは違う。あの人は己の道を確かに知っていた。あなたのように踏み外すことなどなかったはずだ」 抑圧され鬱屈した精神が、すらすらと台詞を紡いだ。ドゥークーは黙って聞いている。 「何を考えてジェダイオーダーを離反したかは知らないが、あなたのやり方は間違っている。たとえジェダイ・カウンシルがあなたの意見に同意しなかったからと言って、ほかに方法はあったはずだ。クワイ=ガンならそうはしなかった」 「……なかなか言うではないか、オビ=ワン・ケノービ」 ドゥークーは不敵な笑みを浮かべた。 「ならばクワイ=ガンならどうしたと?」 「彼なら……まずカウンシルを説得しようと試みる」 「しかしカウンシルは動かなかった。私の言葉を信じようとしなかった」 ドゥークーの返答に、オビ=ワンは場違いながらもかすかな滑稽味を感じた。かつて「カウンシルが理解してくれない」とこぼすクワイ=ガンに「あなたの理論も少し無茶ですよ」などと、励ましだか忠告だかわからないようなことを言っていた記憶がよみがえる。まさかそれと同じような内容でドゥークーがカウンシルと衝突したとは思わないが、それにしてもクワイ=ガンの理論はときどき呆れるほどわがままだった、とオビ=ワンは一瞬だけ懐かしい思いにとらわれる。 しかしそんな淡い思いもすぐに流されて消える。 「カウンシルや元老院といったトップを変えることだけがすべてではない。人々に知らしめることで下から突き上げることだってできるだろう。世論が味方をすれば、上だって動かざるを得なくなる」 「それも正論だ。しかし、クワイ=ガンがそうしたと君は思うのかね?」 そう、今はそれが重要なのだ。オビ=ワンは唇を結んだ。眉間に深いしわが刻まれる。 クワイ=ガンは、きっとそんな回りくどいことはしなかっただろう。 言われてみれば、そんな気がした。もし共和国がシスの暗黒卿の手に落ちているとわかったら、クワイ=ガンはカウンシルに直接掛け合うだろう。それが拒まれれば、今度は証拠となる記録や証人を探して奔走するに違いない。彼の性格からして、人を扇動したり意識改革から未来を変えていこうというような手段は取らなかっただろう。 独りで問題を解決しようとし、それが拒まれたときは……? 「……それでも、クワイ=ガンはお前とは違う」 苦しい状況でそれだけつぶやくのが精一杯だった。ドゥークーが鼻で笑う。 「クワイ=ガンも議員の堕落をよく知っていた。彼らがシスの支配下にあると知ったらきっと共和国を変えようとするに違いない。そしてジェダイなどという肩書きに拘束されることなく、己の信じた正義を成したことだろう」 「彼は独裁主義でも離反主義でもない」 「主義は関係ない。彼は間違いを正すのにためらうことはなかった、それが重要だ」 オビ=ワンは沈黙した。ドゥークーの言うことはおおむね間違ってはいない。クワイ=ガンならそうしたかも知れない。オビ=ワンの頭の中には、ジェダイ・カウンシルへの疑惑を訴えるクワイ=ガンと、それを諌めてどうにか彼を引きとめようとする若い自分の姿が想像された。 それでも。 「クワイ=ガンには直観で正しいことがわかったはずだ。お前の仲間には、ならない」 「ずいぶんと非論理的なことを言うのだな」 ドゥークーの声に嘲笑が混じる。自分の言っていることがまるで子供の負け惜しみのように無様であることは自覚していた。けれど、やはりオビ=ワンには信じられないのだ。 クワイ=ガンが、今目の前に立っているこの男に組するであろうということが。 「話にならないな、オビ=ワン」 ドゥークーは頭を振り、ため息を吐いた。オビ=ワンをかく乱するのが目的だったのだろう、そのまま何もせず独房の扉をくぐって去っていってしまった。その後姿をにらみつけながら、オビ=ワンはじっと考える。 クワイ=ガンがもし今生きていたとしても、そしてドゥークーの話がもし本当だったとしても、オビ=ワンには二人が協力してオーダーを離反することが信じられなかった。根拠はない。ただ、ドゥークーから感じられる邪悪な感情、論理的な口調とは相反する何か後ろ暗いもの、それがたったひとつ気にかかってた。 (マスターならきっとそれに気づいたはずなんだ……) 『リビングフォースを感じるんだ、オビ=ワン。現在を大切にしろ』 懐かしい声を思い出して、目の奥に熱いものがこみ上げる。そう、クワイ=ガンはどんな理論よりも、己が正しいと感じることを遂行する力強さがあった。もし共和国がシスの暗黒卿の支配下にあったとしても、『今、目の前にいるドゥークー伯爵から感じられる不穏な気配』をないがしろにはできない。クワイ=ガンが生きていたらきっとオビ=ワンの考えに同意してくれただろう。 (マスター……私は負けません……) 身柄を拘束され、アナキンを中継して送ったメッセージは届いているかどうかわからない。この絶望的な状況の中で、オビ=ワンは最愛の師を思い、ぐっとこぶしを握り締めた。 ドゥークー伯爵の言葉に惑わされてはいけない。私は私の信じた道を行く。 それが、クワイ=ガンから受け継いだやり方だった。 <<END>> |
| 斜影様より8888HITキリリクで「表仕様で険悪なドクオビ」です。正直、この表仕様という一言がずっと気になってなかなかアイディアが出ませんでした。私内部でドクオビ=監禁エロという図式が出来上がっているらしく、考えても考えてもエロに……(泣)。最終的には2人の共通項であるクワイ=ガンについて険悪になっていただきましたが、何か中途半端かな……。クワイ=ガンのことを愛していたドゥークー伯爵が「お前のせいで我が愛するクワイ=ガンは死んだ。そばにいたのに見殺しにした」と言ってオビを責める話とかも考えたんですが、なんかどっかでそんなファンフィクを読んだ記憶があり、しかもどこで読んだかわからなくて確認も取れず、あきらめました。 こ、こんな感じで宜しかったでしょうか? |