コネコに羽は、生えてるかい? |
| コネコのハネ |
今年の夏は猛暑だと、ニュースキャスターが涼しい顔で誰に言うともなく話している。 「違えねぇ……」 ぐったりと休憩室の椅子にもたれて、一人の男がだらしなくくたばっていた。食欲のない体に半ば無理やりエネルギーを補給し、休憩時間終了まで今しばらくの猶予をだらりと過ごしている。 「夏が暑いのは、当たり前だ。もっとしゃきっとしたまえ。まずその服装!」 ニュースキャスターと同じく涼しい顔をして、先輩格の生倉が小馬鹿にしたような顔をする。休憩室に集まった数人の弁護士たちも、同意するようにうなずいた。 (この部屋でかっちりスーツ着てられっかよ……あちぃ……) 心の中ですかしたセンパイに毒づき、神乃木は冷たく氷の鳴るアイスコーヒーのストローを咥えた。 法律事務所という職業柄、真夏でもスーツを着ているのが辛い。 しかもおジイちゃんが所長であるこの星影法律事務所は、極力クーラーは使わない、というルールがあった。 設定温度28度を動かしてはならないと定められたクーラーだが、この猛暑では室内温度を30度以下には決して下げてはくれない。 下はハタチちょっとから上は還暦間際まで、年齢世代を問わず、今年の夏の暑さにはまいっている。 貫禄を備えた法曹たちは心頭滅却の心意気で静かに本などを紐解いているが、一番年若い青年は血気盛んな己の体温さえ持て余しているらしい。ネクタイを緩めてシャツの胸元をはだけ、うちわで服の中に風を送る。 そこへ突然、 「あーっ、暑い! 暑いですねぇ!」 元気な声を出しながら若い女の子が入ってきた。黒いタイトなスーツにグラマーな体を包み、長く伸ばした黒髪からはふんわりと柔らかい匂いを漂わせている。人数分のグラスが乗ったお盆を手にして、女の子は愛想良く笑った。 「アイスコーヒーいかがですか、センパイ方?」 暑い上に男だらけでむさくるしかった休憩室の空気が、一瞬にして入れ替わる。 「や、すまないねチヒロ君」 「いいえー、神乃木センパイが淹れるのほどおいしくはないですけど」 「いやいや、こういうのは味じゃないからねぇ。淹れる人の気持ちの問題でね」 「やだ、お上手ですね」 元気な笑顔を振り撒きながら、千尋は冷たいコーヒーのグラスを一人ずつに手渡していく。 「おや、募金かね。見上げた心がけだ、チヒロ君」 生倉が目ざとく、千尋の胸に刺さっている赤い羽根に気付く。 「あ、さっきおつかいで外に出たら、駅でやってたんですよ。この暑いのに大変だなって思って、ちょっと多めに入れちゃいました」 「ふふ、君らしいね」 生倉はじろじろと赤い羽根を眺めている。 (おいおい、オッサン。アンタ、何を見てるんだ? 赤い羽根か、それともそいつがくっついてるチヒロのカラダのほうか?) 神乃木に睨まれて、生倉は慌てて視線を外す。どうやら後者でビンゴ、だったらしい。生倉はいつも千尋をおかしな目で見ている、と神乃木は警戒しているのだが、千尋のほうはどうもその自覚はないらしい。嬉しそうに赤い羽根を揺らしている。 (ああ……午後も頑張ろう) 下品な下心などなくとも、若い女性に冷たいものを作ってもらうだけで、そんな気になってしまう。星影法律事務所の弁護士たちは、今までの辟易した心持などどこ吹く風で、にこにこと千尋の立ち居振る舞いを眺めていた。 「神乃木センパイは……いらなかったみたいですね」 最後にストローを咥えた神乃木のところへ回ってきた千尋は、苦笑してグラスを引っ込めた。 「あ、いや……せっかくだからいただくぜ」 千尋の心遣いを無にするのも気が引けたし、自分だけチヒロ・コーヒーの恩恵にあずかれないのもちょっぴり悔しい気がする。神乃木はグラスに半分以上残っていたコーヒーを一気に飲み下して、千尋のグラスを受け取った。 「無理しなくても良いのに」 千尋がまた苦笑する。 「コネコちゃんのコーヒーは無駄にしねえ。そいつがオレのルールだぜ」 「はいはい、どうせ私はまだまだコネコですよ。ブラックも飲めないし」 千尋は自分の分のアイスコーヒーにミルクとガムシロップを入れてかき混ぜながら、ちょっぴりふくれて見せた。 素直で元気な良い娘が入ってくれたものだ。 誰もが千尋を見て、ほのぼのとした気持ちでそう実感していた。千尋のおかげでこうして心安らぐ時間を過ごすことができる。 グラスの中で氷がゆれ、涼しげな音が風鈴のように休憩室の空気を清涼にしていく。 「それにしても暑いですね、今日」 「そうかね。冷たい物を飲んだらだいぶ違ってきたようだ」 「ちょっと動くともう、ダメみたいですね。……ちょっと失礼」 そういうと千尋は、いきなりジャケットのジッパーを全開に下ろした。 「!!??」 「オイッ!」 法曹たちの目が一瞬にして千尋に集中する。神乃木も驚いて声を上げた。 「え、何ですか?」 遠慮も躊躇もなく半そでのジャケットを脱ぎ、薄いキャミソール一枚になった千尋は、なぜ自分が注目されているのか分からない、といった顔できょとんと首をかしげた。 「何ですか?」 「や、その、だな……」 レース素材の黒いキャミソールは、下の黒いブラが半ば透けて見えている。レースを使わないいわゆるTシャツブラを着ているとはいえ、なにしろその「大きさ」が並ではないので、どうしても目を引いてしまう。 (クッ……分かってねぇのか、この天然コネコは……) 大きな胸を薄い布の向こうに惜しげもなくさらけ出して、千尋は不思議そうに神乃木を見上げている。その無邪気なチヒロに「そんなエロいカッコウ、するな」とは、言えない。 (私の格好、おかしいかしら? でもファッション雑誌とかにはこういうのも書いてあったし……確か見せブラっていうのよね? それにちゃんと“キャミ”も着てるし。「フォーマルな夜会ドレス」っていうページにだってこんな感じのが載ってたし……) 倉院の里からほとんど出たことのなかった千尋は、私生活でもそれなりに勉強を重ねている。それでもやっぱりときどき常識外れたことをしでかしてしまい、しかも本人はあまり気付いていないことが多い。 「だからな、コネコちゃん、アンタはもうちっと自分って物を……」 (何て言やいいんだ……くそっ) 口車の荘龍、とまで言われた神乃木だが、こんなときにはさすがに言うべき言葉がうまく見つからない。 「私が、どうかしましたか? あの、何か悪いことでも……」 「いや、悪いと言うか、だな……」 しどろもどろに説明しようとすると、周りから冷たい視線が矢のように突き刺さってきた。 (余計なことを、言うんじゃないっ!!!!!!!) 生倉をはじめ、星影法律事務所のそうそうたる面々が、氷のような目で神乃木を睨んでいる。 (本人が良いと思っているんだ。余計なことは言わんでよろしい!) (クッ……悪いセンパイ方だぜ) (チヒロ君には今のまま、純粋に、自由に、育ってほしいのだよ。この汚れた法曹界で彼女の純粋さは貴重なエネルギーとなる) (そのためにはまずアンタたちみてぇな汚れた法律家どもをどうにかするべきらしいな) (誰が損するわけでもないだろう。このまま、彼女がしたいようにさせて、何が悪い?) (詭弁も良いところだ。そんなんじゃ明日の裁判も勝てねえぜ、センパイ) 千尋の目の前なので言葉にこそしないが、視線と視線のぶつかり合い、生死を賭けた男と男の熱い戦いが静かに繰り広げられていた。何も言わずに目配せだけを交わすセンパイたちに、千尋はおろおろするばかりだ。 「あ、あの……神乃木センパイ?」 「チヒロ……今日は暑いぜ。しかしな」 センパイ弁護士たちの凄絶な視線を矢のように全身に受け止めながら、神乃木はくるりと千尋を振り返った。 「そんな格好してちゃ、背中に生えたエンジェルの羽がばれちまうぜ、コネコちゃん?」 「え、エンジェル……!?」 神乃木のキザなセリフにも少しは慣れてきたが、さすがにこれには驚いた。 (エンジェルって……私のこと!!???) 真夏の太陽より熱い恥ずかしさが千尋をくすぐる。千尋は顔を真っ赤にして、手にした黒いジャケットに袖を通した。 (ああ〜〜〜〜〜っ) 言葉にならない悲痛な叫びが、先輩たちの間から漏れる。そんなことに気付く余裕もなく、千尋はうつむいてもぞもぞとジャケットを羽織った。 (エンジェルって……エンジェルって……もう変なことばっかり言って……神乃木先輩ったら……!) 嬉しいような、恥ずかしいような、困ったような、やっぱり嬉しいような。 複雑な乙女心をスーツの中に押し込めて、真っ赤な顔をちょっぴり上げてみる。 「そうだろう?」 「………………っ!」 その瞬間、神乃木とばっちり目が合い、ウインクまでされてしまった。 (きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ) 「背中の羽は大事に隠しておきな、コネコちゃん」 「こっコネコに羽はありませんっ!」 恥ずかしさのあまり、とんちんかんな返事をしてしまい、ますます顔が赤くなる。 「さて、どうかな? 羽の生えたコネコ、キライじゃないぜ」 「好きとか嫌いとかの問題じゃないでしょう!」 そうこうしているうちに、応接室の振り子時計が低い音を鳴らして、休憩時間の終わりを告げた。 「さあて、午後も頑張るぜ、コネコちゃん」 「もー、さっきのは訂正してくださいねっ」 「羽の生えたコネコの話かい?」 「そうじゃありません!……あ、いや、その話なのかな……」 「ほら、星影のジイさん、午後には帰ってくるんだろう? 資料はまとめたのかい?」 「ああ、いっけない!」 千尋はやりかけの仕事を思い出すと、慌てて所長室に駆け出していった。 (ああ……もったいなかった……) センパイ弁護士たちもそんな表情をしながら、すごすごとそれぞれの仕事に戻っていく。 「やれやれ、困ったコネコちゃんだぜ」 慌て者の千尋は、コーヒーのグラスを片付けることも忘れている。残されたグラスをひとつずつ回収しながら、神乃木は小さく肩をすくめた。 「ん?」 ふと、椅子の上に何かが落ちていることに気付く。 それが何だか分かったとたん、神乃木は思わず吹き出してしまった。 「オイオイ、本気でエンジェルか?」 いつ落ちたのだろう、千尋の椅子の上に残されていた赤い羽根を拾い上げて、神乃木はクックッとおかしそうに体を揺らした。 元気で素直で、けれどなぜだかやたらと手の掛かるかわいい後輩。 「守ってやるぜ、エンジェルちゃん」 神乃木はそう言うと、千尋の赤い羽根に軽くキスをした。 <END> |
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脳からヒップへ真っ赤に飛び散る |
| うわーん久しぶりのSSですー!! ちひーっ!! カミチヒは……ほとんどサイト立ち上げて以来の更新ですか。もうカミチヒ目当てのお客さんなんて来てくれてないんだろうか……とほほ。ごめんなさい、でも頑張って書きました。 やっぱヲタクといったら「テーマソング」ですよね! カラオケで「これ、○○のテーマソングー!」とか勝手に決めて歌ったりしませんか? え、しないの? 普通しないの? まあいいや。これは忍城さんが歌ってくれたんですが、もう気分は神乃木センパイ! 歌と曲も布袋寅泰なので、なんつーか神乃木風味ですよ。やっぱカミチヒはかわいいなvv 相変わらず生倉が変態ですが、そんな生倉がダイスキで仕方ありません。 By明日狩り 2004/6/27 |