そろそろ寒くなってきた。

そろそろ、誰かと一緒に寝るのが嬉しい季節だ。



特に、大好きな人となら、いつまでも一緒に布団の中にいたい。




「う〜ん…………」

ベッドの中で大きく伸びをして、アナキンはぶるっと体を震わせた。

「寒ぅ…………」
布団からはみ出した足先が少し寒い。

「マスター、ねぇ……」


温もりを求めて、隣に寄り添っている寝息に手を伸ばす。

柔らかい髪か、柔らかい髭か、柔らかい頬か。

どれに触れるかワクワクしながら目をつぶると。













「ひゃあああっ!?」


「な、なんだどうした!?」

「ま、マスターの顔がないっ! なくなったっ!」


つるりとしたものを撫でて、驚きのあまりアナキンが飛び起きる。

大声を出されて、オビ=ワンも跳ね起きた。






そして。



「…………なに、それ」

「…………なんだ、これ」















 


   たまごのきもち
























 その日、聖堂はその話題で持ちきりだった。

「オビ=ワン!」

 ハルシオンがオビ=ワンの部屋へ入っていくと、部屋はすでに人でいっぱいだった。
 人垣の向こうで、オビ=ワンが手を振っているのが見える。

「マスター・ハルシオン。いらっしゃいませ」
「いらっしゃいじゃないだろう。聞いたぞ、ケノービがたまごを生んだと……」

 ハルシオンは、オビ=ワンの友人であると同時に、アナキンの友人でもある。
 今朝、いつものように食堂で朝食をとっているとき、隣のパダワンたちが声高に話しているのが耳に入った。

『マスター・ケノービが、たまごを生んだらしい』……と。


「まさかと思って様子を見に来たんだが…………」
 ジェダイもパダワンもかまわず、部屋に詰め掛けている。

(……何だこれは。見世物の行列か?)
 ハルシオンが眉根を寄せると、すぐ後ろでアナキンが大きな怒鳴り声を上げた。

「何だよ! オビ=ワンは見世物じゃないんだからな! そっとしておいてください!」
「ああ、アナキン。オビ=ワンが……」
 ハルシオンの姿を認めると、アナキンは嬉しそうに笑った。

「ああ何だ、ハルさん来てくれたんですか。ちょっと関係ない人を出すの手伝ってください。……ああもう、帰って帰って!」
 アナキンは手近な人からどんどん扉の外へ追い出していく。
(私はいいのか)
 どうやらハルシオンは、アナキンの中で「関係者」と認定されたようだ。
 アナキンが人を追い出すのを横目に見ながら、ハルシオンはようやくオビ=ワンの前まで行くことができた。

「オビ=ワン………………」
「すみません。なんだか大騒ぎになってしまったようで」
「いや、それはいいんだが……」
 ハルシオンの目はオビ=ワンのローブに釘付けになっている。
 ゆったりしたローブのおなかがぽっこりとふくらんで、オビ=ワンの手が愛おしそうにそのふくらみを撫でている。ローブの隙間から白いものがちらりと覗いた。

「たまご…………だと聞いたんだが」
「ええ、たまごです」
 オビ=ワンは微笑み、そっとローブを開けて見せる。


 そこには、たしかに白くて丸い、たまごが、あった。

 抱えるのにちょうどいいサイズの、白いたまごだ。メロンふたつ分くらいの大きさだろうか。


「…………たまご、だな」
「ええ、たまごです」
 二人がマヌケな会話を交わしていると、ようやくギャラリーを外に追い出したアナキンが帰ってきた。

「ね、ね、ハルさん。僕らのたまご、見ました?」
「ぼ……僕らの……?」
 驚くハルシオンを意にも介しないで、アナキンはうきうきとオビ=ワンの肩を抱く。オビ=ワンが胸に抱いているたまごにそっと手を掛け、二人で優しく撫でた。

「僕らのたまごなんです」
「君と、ケノービの…………か?」
「ええ、そのようです」
 オビ=ワンは少し照れくさそうに視線を外したが、アナキンは嬉しくて仕方ないといった表情だ。

「ほら、今朝生まれたんですよ。あったかいから、ちゃんと中で生きてる」
「はぁ………………」
「オビ=ワンが生んでくれたんです」
「……なんでそうなるんだ?」
 普通は、ヒューマノイドのオスは産卵などしない。つじつまのあわない現実に、ハルシオンは眩暈がした。

「それが…………ちゃんと調べてもらったのですが……」
 オビ=ワンが恥ずかしそうにうつむいて、たまごを撫でる。
「ハルさん、オビ=ワン人間じゃなかったんだよ」
「こら、そんな言い方するな。……まぁごく一般的なヒューマノイドとは種族が違ったようです」
「はぁ………………」
 もはや言葉も出ない。
 ハルシオンは呆然と口を開けたまま、オビ=ワンの話をぼんやりと聞いていた。

 ジェダイの見習いは、赤子の頃に連れてこられる。もちろん種族や年齢など、記録には残されるが、明確な住民登録がされていないような星から連れてこられた場合、その内容が間違っていることもたまにある。
 そしてどうやら、オビ=ワンも見かけどおりのヒューマノイドではなかったようだ。

「私は、ちょっと違ってたみたいですね」
「ちょっとって…………あんがいのん気なんだなぁ、オビ=ワン」
 もし自分がある日突然たまごなど生んでしまったら、こんなにのん気に笑ってなどいられないだろう。ハルシオンはあきれて手近なソファにぐったりと体を預けた。

「君は、メスだったのか?」
「いえ、厳密には雌雄同性体だそうです。どちらにもなれるそうで」
「それでたまごを?」

 ゆるゆると言葉を交わす二人の間に、元気な猫がぴょんとじゃれついてくる。
「そう! 僕がお父さんになったから、マスターがお母さんになってくれたんだよ!」
「意味が分からない……すまないchosen one。もうちょっと分かりやすく言ってくれないか?」
「だからー、オビ=ワンは誰かがお父さんになってくれるまで待ってたんですって。それで僕がお父さんになったから、マスターはお母さん」
 興奮していて、何を言っているのか良く分からない。
 眉間にしわを寄せるハルシオンに苦笑して、オビ=ワンはアナキンの頭を撫でた。右手と左手と、それぞれたまごとアナキンを撫でている。

「肉体の成熟期に、何もなければそのままオスになります。ですがすでにオスがそばにいる場合、メスの体になってたまごを生むのだそうです」
「そうか……………………あ……?」
 納得しかけたハルシオンは、何かに気付いたような顔で宙を凝視した。
 視線をオビ=ワンに、それからアナキンに向け、もう一度オビ=ワンに戻す。

「………………父親?」
 アナキンを指差したハルシオンに、オビ=ワンはうなずいて見せる。
「そのようです」
「だって、父親ということは…………」
 言いかけて、ハルシオンははっと息を呑んだ。
 つい突っ込んだ質問をしてしまったことを後悔するが、もう遅い。

「…………………………」
「…………………………」
 オビ=ワンは顔を赤らめて視線を外した。気まずい沈黙が二人の間を流れる。
(父親と言うことは……その……子供を作るのには必要な行為があるわけで……)
 当然の話だが、そんなことを面と向かって聞けるわけがない。ハルシオンはオビ=ワンに恥をかかせずにすむ方法を懸命に考えた。

 だが、空気の読めない元気な「父親」が嬉しそうに口を開いた。
「ハルさん! 僕らねぇ、たくさんしたんですよ! だからたまご生まれたんですよ!」
「アナキンッ」
「え? なに?」
 叱られても訳が分からず、アナキンはオビ=ワンのひざにもたれたまま嬉しそうに言葉を続ける。

「え? あの、いや、男同士じゃ子供なんてできないって思ってたんですけど、できたから僕はすっごく嬉しくて…………オビ=ワンにたくさん出してよかったなぁって…………これっていいことですよね、ハルさん?」
「…………あー……うん…………」

 ハルシオンは曖昧な苦笑いを浮かべながら、こめかみを押さえた。
(か、考えちゃダメだ! 考えるなネジャー・ハルシオン! そんなことは礼儀に反するッ!)
 うっかりすると、オビ=ワンとアナキンの夜の生活まで想像しそうになる。ハルシオンは雑念を必死で振り払いながら、顔だけでも真面目な表情を作ろうと努力した。

「その……何と言えばいいのか…………」
「私も正直、戸惑っています。いずれカウンシルから正式に決定が下されると思うのですが……」
 たまごと、2人の処分についてはカウンシルも意見が対立していた。オビ=ワンはたまごをなでながら柔らかく微笑んだ。

「私は、幸せなことだと思うのです」
「そうだよ。僕らに子供が授かったんだよ? いいことだよ!」
 アナキンにとってみれば、当然喜ぶべきことをみんなが喜んでくれないのが不満なくらいだ。執着だの、結婚だの、子供が授かることに比べたらくだらない教義には何の価値もない。

「ハルさん、僕は僕らの子供を守るよ?」
 アナキンはオビ=ワンとたまごを抱きかかえ、挑戦的な目でハルシオンを見上げた。
「カウンシルが何て言おうと、これは僕の大切な家族なんだ。もう、家族になっちゃったんだ。僕が、守る」
「chosen one……」

 思えばアナキンは家族に恵まれない子供だ。誰よりも家族を愛し、それなのに温かい家庭を得ることができない。
 アナキンの気持ちは痛いほど良く分かる。ここまできたら、後には引けないだろう。
(守るしかないな、君は。とうとう手に入れてしまった君の家族を)
 ハルシオンはため息を吐いた。

「ひとつだけ、聞いていいか?」
 ちょいちょいと手招きをしてアナキンを呼び寄せると、ハルシオンはこっそりと耳打ちした。

「パドメはどうするんだ? あっちだって家族だろう?」
「ああ、そのことですか。もうオビ=ワンに言っちゃいましたよ」
 けろっとして答えるアナキンに、ハルシオンは開いた口が塞がらない。ぽかーんと開いたハルシオンの顎を指で持ち上げて閉じさせ、アナキンは無邪気に笑った。

「なんかこの間聞いたらパドメも子供ができたって言うんですよ。それで今日オビ=ワンもたまご生んでくれたし、全部オビ=ワンにしゃべりました」
「それで? オビ=ワンはなんと?」
「パドメが認めてくれるなら、みんなで家族になればいいって」
「それで!?」
「さっきダッシュでパドメのところへ言って正直に話したら、『他の女ならともかく、オビ=ワンなら仕方ないわね』だって」
 にこにこしているアナキンを愕然と見つめて、ハルシオンは気が遠くなった。

(ありえない…………………………)

 何もかも、めちゃくちゃだ。とうてい現実の話とは思えないし、破滅の二文字しか頭に浮かばない。
 けれど目の前の「父親」は……間もなく二児の父になろうという男は……満面の笑みを浮かべて余裕の表情だ。たまごを抱えた「母親」も驚くべき順応力で事態を受け入れようとしている。

「……………………すごいな、君らは」
「すごいでしょ」
 言うべき言葉の見つからないハルシオンに、アナキンは自信満々な表情で事も無げに答える。
 その態度を見ていると、本当にすべてがうまく言ってしまいそうな気分になるから不思議なものだ。

「とにかく…………私は君たちのお幸せを祈るよ」
「うん、ありがとうハルさん」
「ありがとうございます、マスター・ハルシオン」
 問題は山積みのはずなのに、アナキンとオビ=ワンはやけに幸せそうな顔で微笑んだ。


(どんなであれ…………家族っていいものだな……)
 ハルシオンはそんなことを考えながら、故郷の星に残してきた自分の家族のことを思い出した。
 今日は久しぶりに家族の声を聞かないと、眠れないかもしれない。
「ジェダイだって家族は必要だよな、うん」
 執着と愛情の境目について思いを馳せながら、ハルシオンは履歴の残らない街の通信施設へと足を向けたのだった。





<END>






オビ=ワンがたまごを生めばいいと思う会会長、明日狩りです。ああもう、どんな手を使ってでもいいからオビ=ワンが幸せになればいい! 子供ネタとかだめな方いらしたらすみません。キワキワだよなぁ……。でもアナキンは家族ができると俄然はりきるほうだから、オビ=ワンがたまごうんだら絶対に守ってくれるよね。シスにもならないよね。
あとまたハルシオン出てきてすみません。ハルさんダイスキ! ハルシオンはアナキンの味方だから。
 By明日狩り  2005/11/06