昔アラブの偉いお坊さんが

 恋を忘れた あわれな男に

 しびれるような 香りいっぱいの

 こはく色した 飲みものを教えてあげました




 やがて心うきうき とっても不思議このムード



 たちまち男は 若い娘に恋をした………………














 


   コーヒー・ルンバ  







 それはとある星でのこと。
 任地について早々、マスターに『待機』を命じられたアナキンは、当然おとなしく待っている気などなく、宿近くの街へと足を運んだ。

(見識を広めるのはいいことだって、僕は思うな。それに……)

 アナキンはちょっとだけふてくされたような顔をする。

(どうせこんな場所、慣れっこなんだ。…………育ちすぎだから)

 ジェダイ聖堂でのアナキンの呼び名は「アニー」。
 けれどたまにいじわるなパダワン連中が、そして時にはマスターの中でさえも、彼をこう呼ぶ人がいた。

『育ちすぎのアナキン』

 共和国の力も及ばない辺境の惑星で、奴隷として育てられたアナキンは、当時9歳。ジェダイの修行を始めるには慣例的に年が行き過ぎていた。

 アナキンはそんなことは気にしない。
(自分のフォースが弱いからって、妬いてるんだ)
 マスターであるオビ=ワンも気にするな、となぐさめてくれるし、アナキンには自信があった。何しろ彼は、パダワンの誰よりも才能に恵まれていたからだ。

 それでもやっぱり、自分が普通でないことを感じて、嫌な気分になることだってある。
 コルサントのダウンタウンでも、辺境惑星の未開の街でも、違和感を感じないで闊歩できる。アナキンはそんなとき、自分がはぐれ者であることを感じるのだった。





 街はごちゃごちゃと入り組んでいて、まるで故郷のタトゥーインを思わせた。
 水気の少ない、乾いた星は、人々の心も暮らしもあまり豊かには見えない。暴力と欲があちこちに潜んでいそうなその街を、アナキンは平気な顔でぶらぶらと歩いていた。

「恋、をしているな…………若者」

「え?」
「そう、私には見えるが?」

 初めは自分が話しかけられていることに気付かず、アナキンは辺りを見回した。路地に座っている老人が、他ならぬアナキンに話しかけている。まるでジェダイのようなこげ茶色のローブを着た老人は、フードの中からじっとアナキンを見上げている。

「恋、をしている」
「はぁ……僕ですか」
「そうだ。叶わぬ恋。許されぬ恋」
「そんなの…………」

 叶わぬ恋、と言われて思い出すのは一人しかいない。
 いつもそばにいるのに、自分のパダワンの気持ちに気付きもしない鈍感なマスター。
 アナキンと違い、生粋の聖堂育ち。それゆえ、色恋沙汰にはもっとも縁のない人間。
 規則と道徳を何よりも尊ぶ朴念仁。

「…………一人、いるよ」
「そうだろう」
 老人は深く頷いた。まるでアナキンの心が見通せる、とでも言うように。

(見えてるのかな…………見えてたらヤだなぁ)
 とっさにフォースの守りを硬くして、アナキンは自らの心を閉じた。けれど老人は顔色一つ変えずに、スッとローブの中から小さな袋を取り出した。

「これを使え」
「……何これ」
「クスリだ」
 老人がその袋の口を開けて見せる。ついつられて中をのぞくと、そこには黒い粒がいくつも入っていた。何かの種子のようだ。

「コレは?」
「心を揺るがす情熱の種子。煎じて飲めば、たちまち恋に落ちる」
「なんだ、そういうことか」

 アナキンはハッとバカにしたような声を上げた。要するに、物売りの老人だ。こうやってつまらないものを売りつけるのが、彼の生業なのだろう。
「悪いけど、そういうの買ったりしたら怒られちゃうんだ」
「しかしお前の懸想する相手には、これくらいでないと通じぬ」
「こんなのが通じるくらいなら、苦労しないよ」

 オビ=ワンの固い意志を揺るがすことができるのは、ジェダイ評議会の決定だけだろう、……とアナキンは思った。
(もし万が一、ジェダイ評議会が全員一致で「オビ=ワンは恋をするべきだ」と言ったら、マスターは恋だってするかもしれないけどさ)
 そんなことがあるわけがない。アナキンは首を横に振った。

「いらないよ。あの人はこんなものじゃ落ちない」
「しかし、お前ほどこれを必要としている者もおるまいて」
「だから…………」

「恋を忘れた哀れな相手を、もう一度燃え上がらせたくはないか?」

「…………………………」

 老人の言葉に、アナキンは声が出ない。
(何で……そこまで知ってるんだ)

 オビ=ワンは色恋沙汰に興味がない。誰もがそう思っている。
 けれど本当はオビ=ワンの中に、誰よりも熱い炎が燃えていたことがあるのを、アナキンは知っていた。
 初めてオビ=ワンに会ったときから、しばらく彼を観察しているうちに。
 賢いアナキンは気付いていた。

(オビ=ワンは、クワイ=ガンが好きだ)

 何があったのかは知らない。けれど二人の関係の深さは容易に感じられた。そしてクワイ=ガンを失ったオビ=ワンがどれだけ絶望していたか、それを隠して生きる彼がどれだけ痛ましいかを、アナキンはすぐ隣でもう何年も見続けてきたのだ。

(できることなら)
 気付けば、そんなオビ=ワンに恋をしていた。かまってほしくて、叱られたくて、わざと怒らせたりもした。けれどそんな一方的な子供っぽい恋はもう、うんざりだった。

(できることなら…………オビ=ワンは僕に恋するといい)

 そうすれば、僕がオビ=ワンを幸せにしてあげるのに。

 クワイ=ガンよりずっと、オビ=ワンを幸せに。


 ぼんやりと立ちすくむ若者に、老人は小さな袋を振って見せた。乾いた音がカラカラと鳴る。
「必要なのだろう、その人には。…………情熱が」
「そうだな…………過去を断ち切るくらいの、情熱がね」
「こいつは熱く熱く、なるべく熱くして飲めばより効果的だ。胸を焦がすほど熱く煎じて、飲ませるといい」

 種子がぶつかって立てる微かな音は、希望を求める若者の耳に心地よく響く。
 アナキンはポケットを探り、なけなしのコインを一枚取り出して、老人に手渡した。

「これで譲って」
「足りない分は、成功したら払いに来れば良い。貸しにしておいてやるよ」
「恩着せたつもり? うまいねおじいちゃん」
 どうせこんなものの原価など、コイン一枚でも充分すぎるくらいだろう。アナキンはにやっと笑って種子の入った袋を受け取った。

「熱く、熱く、……香りもまた情熱を沸き立たせる。忘れるなよ」
「うん」

 袋をカラカラと振って見せて、アナキンは頷いた。






 宿に着いたが、まだオビ=ワンは帰ってきていないようだ。

「ちゃ〜んす」
 カップと種子を持ってアナキンは外に出た。
 外の炊事場で火を起こし、カップ一杯分のお湯を沸かす。種子は小さめに砕いて、布に包んだままその中に沈めてみた。

「こんなのでいいのかな…………」
 見る見るうちにお湯が茶色く染まり、次第に黒に近い色にまでなってきた。なんともいえない香ばしい匂いが、ふわりと鼻をくすぐる。苦みばしったアロマに大人の魅力を感じて、胸が少し熱くなった。

 頃合いを見計らって、種子を取り出す。カップの中に広がる闇を覗き込むと、なぜかドキドキが止まらない。
「これ……大丈夫かなぁ…………毒じゃないよね」

 恐る恐る、ひとなめしてみた。

「うわ苦ッ」
 それは驚くほど苦かった。けれど毒や麻薬の類ではないらしい。クスリとしての効き目があるかどうかははなはだ怪しかったが、少なくとも危険なものではなさそうだ。
 ひと口、ふた口…………苦いと思いながらも、ついついカップが傾いてしまう。ふんわりと香る湯気にも、カップの底さえ隠す黒々とした色にも、咽喉から胃に落ちていくのが感じられるほどの熱さも、子供っぽい甘さがひとつもない。

 それは、オトナの恋の味がした。


「……でもこれじゃ、オビ=ワンに飲ませられないよ」
 何かに混ぜて飲ませるにしても、こんなに苦いのではすぐにバレてしまう。かといっていきなりこんなものをつきつけても、オビ=ワンがおとなしく飲んでくれるかどうか……。

 作戦を練りながらカップを傾けていると、突然後ろから肩を叩かれた。

「何してるんだ?」
「うわっ!!」
 他ならぬマスターに声を掛けられて、アナキンは飛び上がるほど驚いた。

「まままマスター! 早かったですね!」
「何を動揺しているんだ。……また悪巧みか?」
「まただなんて、ひどいよ! 僕は何も……」
 何も悪いことなんてしてません、と言いかけて、アナキンはとっさにカップを隠した。

 恋のクスリを飲ませようなんて考えていたと知れたら、どんなに叱られることか。

 けれどその行動は余計に怪しく見えた。オビ=ワンは眉間にしわを寄せて、アナキンの手からカップを取り上げる。
「何を飲んでいる?」
「えええっ……こ、これは…………」
「またおかしなものを手に入れたのか」
「おかしくなんかないですよ! ええと、これ、地元の人から貰ったんです」
 アナキンはあたふたと言い訳をした。

「なんかお湯で出して飲むとか聞いて、やってみよかなーって思って、けっこうおいしいんですよコレ」
「変なものじゃないだろうな?」
「変じゃないですよ! この星ではみんなが普通に飲んでるっぽい感じに近いような気がします!」
 アナキンは嘘をつくとき、声が高くなる。
 またか、と小さくため息を吐いて、オビ=ワンはカップを覗き込んだ。

「……………………アニー?」

 そこには、何の変哲もない。

 ただのコーヒーが入っている。

 ためしにひと口飲んでみると、パダワンの口からあっという小さな声が上がった。けれど味も香りも、間違いなくコーヒーだ。しかもあまり上質ではない。

「何だこれは…………」
 かたわらのパダワンを見ると、顔に『あちゃ〜』と書いてある。早くも『これから叱られモード』に入っているパダワンに、オビ=ワンは内心首をかしげた。

(コーヒーごときで何をこんなに………………まさか……?)

 まさかこのパダワン、コーヒーを知らないんじゃないだろうか?

 確かにコーヒーは、ジェダイ聖堂でも見ることのない飲み物だ。紅茶は普通にあるが、コーヒーは嗜好性の強いものとして避けられている。
(さては何か別の物だと言われて…………騙されたな? バカパダワン)
 おそらく、何かのクスリとか何とか言われて、地元の商人に売りつけられたのだろう。騙されたとも知らず、一生懸命コーヒーを淹れていたであろうアナキンを想像すると、笑いがこみ上げてきた。

 オビ=ワンはクッと笑いながらコーヒーを飲み干すと、呆然と見ているアナキンにカップを返した。
「おかしなものじゃないようだな」
「え、ええ…………あの……」
「どうした?」
 カップを両手で抱えたまま不思議そうな顔をしているアナキンに、満面の笑みで返事をしてやる。

(こんなアナキンを見るチャンス、めったにないからな)
 いつもさんざん手を焼かされているパダワンがこんな手にひっかかったのかと思うと、おかしくて仕方ない。……そんな感情はマスターとしてふさわしくないと分かってはいるのだが。
 何だか珍しく優位に立っているような気がして、オビ=ワンはニヤニヤと顔が笑ってしまうのを止められなかった。

「あの……どんな味ですか?」
 おどおどしているアナキンを見ていると、おかしいやらカワイイやら。
 吹き出しそうになるのを必死でこらえて、唇を震わせながら平静を保とうと努力する。

「ああ、おいしいんじゃないかな」
「おいしい!? 本当に?」
「ああ、何だか楽しい気分になってきた」

「本当に!!!????」

 まさか本当に効くなんて思っていなかったのだが、目の前のオビ=ワンはやけに楽しそうにニコニコと笑っている。
(信じられない…………!)
 いつもなら絶対に小言のひとつやふたつ浴びせられるはずなのに、実際ついさっきまでは『たっぷりお小言モード』に入っていたはずなのに、クスリを飲んだ途端、オビ=ワンはまるで別人のように笑顔でアナキンを見ている。

(本当に…………本当に恋のクスリだったんだ…………!!)
 ほんのいたずらのつもりで買ってきた怪しげな種子は、こんなにも効果があった。
 一杯でオビ=ワンが笑顔になったのだから、もっと飲ませれば本当にアナキンに恋をするかもしれない。

「すごい! いい飲み物ですね、これは!」
「そうかな? 私も嫌いじゃないな」
「じゃあもう一杯いきましょう! せっかくですから! ねえねえっ」
「わかったわかった。ご馳走になるよ」

 うきうきとコーヒーを淹れるパダワンをちょっぴりイジワルな目で見守りながら、オビ=ワンはくすくすと笑った。
(まだまだ「かわいい」ところがあるじゃないか。アナキンも)
 近頃急に大人びてきたアナキンだが、まだ子供らしいところも残っているらしい。アナキンのコーヒーを待ちながら、オビ=ワンは何だかほっとしたような気持ちになるのだった。











 後日談。

 いつものようにパルパティーン議長から個人的な呼び出しを受けたアナキンは、いつものように夕食をご馳走になった。
 この銀河共和国の最高議長は、若くて才能豊かなパダワンにを特に気に入っているらしく、こうしてちょくちょく食事や演劇などに誘ってくる。

「つい昨日、帰って来たばかりなんですよ。よかった」
「長旅で疲れているだろうに、タイミングが悪くてすまないね」
 優雅な曲の流れるレストランで向かいの席に座ったパルパティーンは、残念そうな表情を浮かべた。

「いいえ! いないときにお誘いを受けたら僕が残念ですよ。まるで任務のご褒美みたいで、僕、嬉しいです」
「君が喜んでくれるなら、それでいいんだがね」

 次々と運ばれてくる料理は、バラエティに富んで飽きることがない。すべて残さず平らげて、アナキンは満足そうにつぶやいた。
「今日のお店は、珍しいものがたくさん出ましたね」
「そうだろう。辺境のいろいろなおいしいものを、特に選んで作らせたのだ」

(僕のために…………?)
 アナキンは平静を装いながらも、かあっと体が熱くなるのを感じた。
 こういう立派な人が、自分のために特別なことをしてくれる。……才能を認めてもらえた喜びが、アナキンを熱くさせる。

「ありがとうございます」
「我々共和国のために尽くしてくれる、若い才能に感謝の意を込めて」
 軽くワインのグラスを掲げ、パルパティーンは優雅に微笑んだ。

「デザートとお飲み物でございます」
 最後に、小さなケーキとアイスクリームを形良く盛り付けた皿が運ばれてきた。その横にさり気なく置かれたティーカップを見て、アナキンはあやうく大声を上げそうになる。

「………………あ」
「どうした、ケーキは嫌いじゃないだろう?」
「は、はいっ! その、おいしそうです…………」

 けれどアナキンの視線はケーキ皿ではなく、その隣の飲み物に釘付けになっていた。

(あれだ…………あの、恋のクスリ!)

 そこには紅茶ではなく、見覚えのある黒い液体がたっぷり注がれている。
 アナキンは驚いた顔で議長の顔を見た。しかし議長は顔色一つ変えず、まるで当たり前のようにそれらを勧める。

「遠慮なく食べなさい。ああ、お腹がいっぱいなら残しても……」
「いえ、その、すごくおいしそうです。食べちゃってもいいんですか?」
「もちろん」
「あの……それでこれは…………」

 アナキンはさりげなくコーヒーカップを手に取った。

「僕、飲んでもいいんですか?」
「当然」
 優しい笑みを浮かべて頷く議長に、アナキンの体は沸騰しそうになる。

(ど…………どういうつもりですか、議長…………!!)
 何も知らないパダワンに、恋のクスリを勧めるなんてことがありえるのだろうか。

(この人……まさか僕のこと………………!?)

 コーヒーカップを持ったまま硬直しているアナキンを見ている議長の目が、心なしか鋭いような気がする。
 ふんわり漂う苦みばしった香りにあおられて、アナキンの頭はますます混乱した。

(どうしよう…………どうしよう……!)

 なぜか動揺し始めたアナキンを見ながら、議長は心ひそかに首をかしげていた。
(コーヒーなど珍しくもないだろう…………)
 そういえば今までのレストランでは、いつも紅茶だったかもしれない。議長自身が紅茶党なため、同席しているアナキンにもいつも紅茶が出されていたのだが、まさかコーヒーを初めて見たというわけでもないだろう。

 微笑を絶やさず、パルパティーンは優しくささやいた。
「ここで出すのだから、上等なもののはずだ。遠慮せずに飲みなさい」
「うあ……は…………はい…………」

(議長が僕に恋を迫っている……!)

 勘違いパダワンの心が急激に動揺する。

 アナキンはコーヒーカップを手に持ったまま、それに口をつけるべきかどうか、加熱した思考回路で一生懸命に考えていた。







<END>






コーヒールンバを仕事中に頭の中で歌っていて、思いついたもの。本当は「アラブの偉いお坊さん」がクワイ=ガンで、「恋を忘れた哀れな男」がオビ=ワンで、「若い娘」がアナキンだったら面白いのになぁ〜とか思ってたんですが、そんなお話はかけない。オビ=ワンに恋の炎を残したまま逝ってしまったクワイ=ガンが、オビ=ワンとアナキンの間に生まれた摩擦熱をどう思っているのか考えたことがありませんでした。どうなのかなぁマスター?

あとなんか意味もなくパルアナ。好きだな、パルアナ。昔書いた自分のパルアナは本当に恥ずかしくてやり直しを要求する!
 By明日狩り  2005/07/16