| またアナキンが部屋に閉じこもって、何かしているらしい。 アナキンときたら意味の分からないことを言ってマスターの逆鱗を撫でるか、怒られて逆切れして部屋に閉じこもるか、そのどちらかしかないのだろうか。 近頃たいていその「マシンガントーク→逆切れ→すねる」の繰り返しだった。身長も体重もオビ=ワンを抜いてしまったというのに、その子供じみた行動パターンはまったく変わっていないように思う。 「今度は何をやってるんだ?」 いらいらしながらも無視することができないのは、師匠という立場上、仕方のないことだ。けれどすねて部屋から出てこないアナキンの様子を見にいくというのは、何だかこちらが折れたようで癪に障る。悪いのは、理屈の通らないことをいつまでも主張するアナキンなのに、どうしてこんなふうにマスターのほうから様子を見にいかなければならないのだろうか。 そもそも、アナキンの言うことはさっぱり分からない。 今回だってそうだ。 「マスターはもうちょっと自覚を持つべきだ」 ほとんど命令するような横柄な口調のアナキンに、カチンと来た。 「だから、お前の言っていることは意味が分からない」 「だから困るんです」 アナキンは本気で呆れた、というようにため息を吐いた。 「あなたが魅力的だってこと、ちょっとは理解しとかないと身を滅ぼしますよ」 すかさず睨みつけてやるけれども、上からの目線で押さえつけられてしまう。 見下した顔にますます腹が立つ。 「だから、意味が分からない。30過ぎたヒゲ面のオヤジが可愛いなんて、ありえない」 「だってあなたは可愛いんだからしょうがないでしょうが」 「よく考えてものを言え」 「言ってます。よく見て、よく感じて、フォース総動員で」 「お前のフォースもたいしたことないな」 「あなたのフォースが鈍いんです」 そんな押し問答の末、いつも通りアナキンが逆切れした。 「あなたが可愛いってこと、ちゃんと理解してもらうから!」 そんな捨て台詞を吐いて立ち去ったアナキンを、本当は2、3発殴ってやりたかったくらいだ。しかしそれも、アナキンが部屋にこもってしまってからは叶えられていない。 「絶対にアナキンが悪い」 ことあるごとにオビ=ワンを可愛いと言う。その真意が分からずにオビ=ワンは一人で腹を立てていた。 (あいつは何が言いたいんだ? 私が未熟だとでも言いたいのか。それでさっさと卒業させろとでも? ……あいつをこのままで卒業させるほど、私だってお人よしじゃない。もう少し精神的に成長するまでは、卒業はお預けだからなパダワン!!) 可愛い、という言葉の意味がそのままオビ=ワンの外見のことを指していることも、さらに怒りっぽくて生真面目で純粋な内面のことを指していることにも、オビ=ワンは気付かない。 足音を荒げてアナキンの部屋の前まで来ると、腕を組んで仁王立ちになった。 何と言って呼び出そう。 様子を窺いに来たと言えば「気にしてくれたの?」などと付け上げるに決まっている。かと言って何事もなかったかのように振舞えば、アナキンの無礼な言動を許したと思われる。まだ怒っているんだぞということを知らしめつつ、呼び出すにはどうしたらいいんだろう。 「………………うーん」 部屋の前にどーんと構えて立っていたはずのオビ=ワンは、いまや立ち往生の態で考え込んでいる。 そのとき不意に、部屋の扉が開いた。 「あ、マっっっ!!?」 「…………!!」 飛び出してきたアナキンは真ん前に立っていたオビ=ワンに危うくぶつかりそうになり、変な声を上げて身を翻した。つんのめるような姿勢で横に倒れそうになる。 「っとっとっと!」 「あ、大丈夫か?」 「大丈夫かじゃないよ! 危ないじゃんオビ=ワン!」 「あ、すまない……」 突然のことに怒るのも忘れて、オビ=ワンは肩をすくめた。アナキンは姿勢を立て直すと、急いでどこかへいくのかと思いきや、 「マスター、ちょうど良かった」 と、嬉しそうに笑った。 「ん?」 アナキンもちょうどオビ=ワンを探そうとしていたらしい。そんなこととは知らず、オビ=ワンは分からない顔で口をつぐむ。 「マスターに見せたい物があるんですよ」 いたずらを考え付いたときの顔で、アナキンがじりじりと近寄ってくる。手にした小型のデータパッドを開き、誇らしげに掲げて見せた。 「これ、何だか分かりますか?」 それは何かの集計データだった。数字とグラフが、大きい順に並んでいる。 「何だこれは」 「これ、僕がオンラインで集めたアクセスの集計です」 「はぁ」 「オビ=ワン、やっぱり1位だよ」 「何が」 見ればデータのトップに自分の名前が挙がっている。下には聞いたことのあるジェダイの名前がずらりと並んでいた。 (さてはパダワン、聖堂のネットで人気投票でもやったな) ばかばかしい。 いかにもアナキンの考えそうなことだ。マスターの人気投票でもやって、オビ=ワンが1位になったと言って「ほらあなたは可愛いんだ」とでも主張するつもりなのだろう。 (関係ないだろう、ばか) 短絡的なパダワンの思考回路に、オビ=ワンは再び苛立ちを覚える。 聖堂のローカルネットでは「ジェダイマスターの人気ランキング」だの「可愛いパダワンベスト10」だのという投票をやっていることがよくある。ただの遊びということで黙認されていて、オビ=ワンもパダワンだった頃にはその結果を見て一喜一憂していたものだ。……自分よりはマスターの評価が気になってのことだったが。 そんなランキング遊びから興味を失って久しい。ただ、伝説のシスを倒したオビ=ワン・ケノービの名前が人気ランキングで常に上位を保っているという話だけは、どこからともなく聞き知っていた。今さらランキングの1位だと言われたところで、驚くことはない。 「こんなもので1位だって、関係ないだろう」 「全然関係なくないじゃん。オビ=ワンすごい人気だよ?」 「だからそれは私がたまたま伝説のシスを……」 「はぁ? そんな設定入れてないよ?」 「……設定?」 首を傾げるアナキンに、オビ=ワンも訝しげな顔をする。 「オビ=ワン、勘違いしてない?」 「何を? だいたいそのランキングは何だ?」 「これは、オンラインゲームのアクセスレポート」 「……ゲーム?」 ますます話が通じない。何のことだ、と眉根を寄せるオビ=ワンに、アナキンは大げさに呆れて見せる。 「分かってないの? 今大流行のオンラインゲーム」 「知らない」 「じじぃだねオビ=ワン。聖堂の人間なら、暇さえあればアクセスしてるっていうのに」 嘲るようなアナキンの態度に、オビ=ワンの不機嫌はますます増加していく。 「知らないものは、知らない。興味ない」 「みんなオビ=ワンにだけは秘密にしてるんだろうね」 「何だそれは」 いい年した大人が仲間外れにされて怒ることもないが、そんな言い方をされては腹が立つ。くってかかろうとしたオビ=ワンを手で制して、アナキンは得意げにデータパッドを操作した。 「今、めちゃくちゃはやってるんだよ。僕が作ったネットゲーム」 「お前が……?」 「うん。前に作った体験版、オビ=ワンもやったでしょう」 「ゲーム……あ、あれか……」 アナキンのゲーム、といえばひとつしか知らない。女の子と仲良くなって告白される不埒なシミュレーションゲームだ。 オビ=ワンはアレのおかげで(一人で勝手に)苦い思いをしているのだが、そんなことも知らずにアナキンはぺらぺらと自慢を始める。 「体験版の人気があったから、続き作ったんだ。もっと本格的でキャラもたくさん出てくる奴。デートスポットもセリフも増やして、さらにオンライン接続でキャラが増やせるとかいろいろ工夫して……」 「それが何の関係がある」 むくれるオビ=ワンに、ますます意地悪な笑みを浮かべたアナキンが詰め寄る。 「マスター、ときめきキャラ1位なんですよ。今のところ」 「は?」 「しかもぶっちぎりトップ」 そしてデータパッドの画面に映し出されたのは、いつかのシミュレーションゲームの画面だった。それを見たオビ=ワンの顔が凍りつく。 「…………っ……」 「大人気」 そこには、いつ撮られたのだろう、優しげに微笑むオビ=ワンの顔が、例のゲームの背景に立たされていた。 『なるほど、それは素晴らしい考えじゃないか』 『それほどでもないよ』 (ばっちりいい印象を与えたぞ) ……ゲームの構成はほとんど同じまま、女の子がいたはずのところに自分が立たされていて、セリフまでしゃべらされている。 「こ、れ……」 「相手にできるジェダイはマスターからパダワンまで総勢12名。隠しキャラも加えてますます大人気の『ときめきのメモリアル』完全実写版です。1日10万ヒットしてます。」 胸を張って答えるアナキンは、すんでのところでオビ=ワンのパンチをかわした。 「ひどいよオビ=ワン! 何するんだよ!」 「何するはこっちのセリフだ!」 外れたパンチの2発目を構えながら、オビ=ワンが怒鳴る。 「こんなことしてタダで済むと思っているのか!」 「タダじゃないよ! シェアウェアだもん!」 「金取るな! それ以前にこんなもの配布して、どんなことになるか分かっているのか?」 「カウンシルの許可取ってるから大丈夫だもん」 「……はぁ?」 最後の切り札にしようとしていたカウンシルの名を先に出されて、オビ=ワンは空いた口が塞がらない。 「カウンシルの許可、得てます」 「……嘘だろう」 「本当。すごく出来が良いって言ってくれたよ。『頑張って作ったな』って誉めてもらったんだ」 「……ありえない」 茫然自失のオビ=ワンをよそに、アナキンは嬉しそうに口を滑らせる。 「マスター・メイスもマスター・アディもすごく面白いって言ってくれたんだよ。さすがにカウンシルの人にはタダでパスワードあげちゃったけど、喜んでくれたから僕だって嬉しかった。カウンシルから口コミで広がって、聖堂の外にまで噂が広がって、今ではすごく遠くの惑星からアクセスする人だっているんだ」 「……………………」 「ジェダイには可愛い人がたくさんいるって、ネットでもすごい話題になってる。『好ましい現象とは言わないが、ジェダイのイメージアップには悪くないな』ってメイスが言ってた。宇宙中の人がジェダイと仲良くなろうってもう昼も夜も躍起になってネット繋いでるんだよ」 「……………………」 ほとんどキチガイ沙汰だ。何も言えずにいるオビ=ワンを感動していると勘違いして、アナキンはため息を吐いた。 「でも、僕困ってるんだ。調子に乗って広めちゃったけど、マスターの人気がこんなにあるなんて思わなかった。今日アクセス解析して初めて知ったよ」 固まっているオビ=ワンの肩をつかみ、アナキンは真剣な目で顔を覗き込んできた。 「マスターの可愛さが宇宙に広まっちゃったんだ。僕、マスターを本気で守らなきゃいけなくなっちゃったよ」 「………………」 「自業自得だよね。やっぱり調子に乗るんじゃなかったよ。もうどこへ行ってもみんなオビ=ワンの犬みたいな可愛さを知ってるだなんて……最悪だ」 「……………………そうだな」 本当に、最悪だ。 知らないうちにそんなゲームに登場させられていたというだけで気分が悪い。その上、全宇宙に配信されている? しかも1番人気? そんなに顔を知られては、ジェダイナイトとして任務に支障が出るじゃないか……。 「アニー」 「何? 心配になっちゃった? 大丈夫だよ、あなたには誰だって指一本触れさせな……」 「少し、疲れた。帰る」 「大丈夫オビ=ワン? 心配しなくて良いよ?」 「ああ、そうだな……」 もう訳が分からない。怒っていいやら悲しんでいいやら、どうともつかずにオビ=ワンはふらふらと歩き始める。 「あ、ねえオビ=ワン」 「……なんだ」 無気力に振り向いたオビ=ワンに、アナキンが一言。 「続編作りたいんだけど、マスターの3Dホログラム提供してくれな……」 言葉になる前に。 オビ=ワンのキックはアナキンの顎にクリーンヒットしていた。 「恥を知れっパダワンッッ!!!」 余談。 「ときめきのメモリアル」完全実写版であるが、隠しキャラにクワイ=ガンが出ると聞いたオビ=ワンの動揺たるや筆舌に尽くしがたいものがあった。 結局アナキンに3Dホログラムを提供することを約束させられ、アナキンはさっそく続編の製作に取りかかった。 そしてオビ=ワンもアナキンも、師弟揃って部屋に引きこもったまましばらく出てこなかったという……。 <<END>> |
| あー、すみません。不調です。 |