| またアナキンが部屋に閉じこもって、何かしているらしい。 アナキンときたら部屋に引きこもっていたずらの準備をするか、その成果を手にしてコルサントの下層部へ逃げ出すか、そのどちらかしかないのだろうか。 幼い頃からたいていその「引きこもり→脱走→捕獲」の繰り返しだった。今では身長も体重もめきめき育ったくせに、その行動パターンはあんまり変わっていないように思う。 (あいつは頭の中身が成長していないんだろうか……) オビ=ワンは腕を組み、ゆっくりと聖堂の廊下を歩きながら小さくため息を吐いた。 忙しさにかまけて実に丸々3日間もパダワンの顔を見ていなかった自分も悪かったが、いったいアナキンは何をやっているのだろう? 聞けば自室に閉じこもって出てこないらしい。マスターがいなければいないなりに自習でもしてくれていればいいのだが、アナキンに限ってそんな殊勝なことはあるまい。 (どうせまた、何か企んでるんだろう) 弟子を放置しておいた自分は棚に上げて、オビ=ワンは眉根を寄せた。 アナキンの部屋のチャイムを鳴らす。 「…………………………」 返事はない。 もう一度チャイムを鳴らし、今度は声をかけた。 「アナキン、いるか。私だ」 すると中からどたどたと足音が聞こえ、次いで扉が開いた。 「マスター!」 晴れやかな顔のパダワンが飛び出してきて、オビ=ワンに抱きついた。 (ご主人様の帰りを待つ、犬か?) 「久し振りだな、生きてたか」 「ひどいよマスター! 僕のこと放っておくんだもん!」 「忙しかったんだよ。すまないな。それより……」 オビ=ワンは嬉しそうにじゃれついてくる大きな犬のようなパダワンの肩越しに、ちらりと部屋の中を覗き見た。 (んっ?) 珍しく部屋の中が片付いている。 ……正確に言えばアナキンの部屋は常に散らかっているので、「珍しく惨状ではない」というのが正しいのだが、とにかくこんなとき当然予想されるほどの散らかりようではなかった。 「アニー、お前何やってたんだ?」 てっきりいつものドロイド改造だの違法レースの準備だのをしていると思いこんでいたオビ=ワンは、驚いてアナキンの顔を見た。 「え、あ、や、別に……」 するとアナキンは珍しく口ごもり、視線をそらした。 いつもなら「聞いて聞いてオビ=ワンあのね……」と自分の研究の成果を発表するアナキンが、何をしていたと聞かれて答えないなんて、怪しすぎる。オビ=ワンは思った。 (導線もセラミック素材もROMチップもなしに、自慢できないようなどんな遊びを企んでいたんだ?) 「珍しいじゃないか。今回はどんな『研究』をしていたのか、私に教えてくれないのか?」 「や、それは……そのぅ……」 アナキンは「参ったな」というように頭を掻いて、言うべきかどうか考えあぐねているようだった。ますます怪しんだオビ=ワンがさらに尋問する。 「人に言えないようなことをして遊んでいたのか? 私が忙しく仕事をしている間中、部屋に閉じこもって?」 「ああもうっ、そんな言い方しないでよっ」 分かったよ、と逆切れして、アナキンはオビ=ワンを部屋へ引っ張り込んだ。 部品や工具が積んである間を注意しながら奥へ進むと、アナキンのパソコンが付けっぱなしになっている。 「これ。作ってたの。プログラミングにも興味があったから」 憮然とした顔でアナキンは画面を指した。そこにはかわいい少女のグラフィックが映し出され、いくつか開いたウィンドウにはアイコンや数字が並んでいる。 「これは……なんだ?」 見ただけでは何なのか、さっぱり分からない。身を乗り出して画面に見入るオビ=ワンに、アナキンはどう説明したらいいものか頭をひねる。 「えーとね……つまり……育成シミュレーション、かな」 「育成? 何を? この少女をか?」 「ううん、違う。この子を育成するんじゃなくて……自分をね」 「自分?」 パソコンの画面から顔も上げずにオビ=ワンが復唱する。 「そうそう、パダワンである自分を鍛えてジェダイになって……っていう」 アナキンの説明を聞きながら、オビ=ワンは興味深そうにアイコンをクリックしている。 「そこは剣の修行。隣が語学の勉強。それから機械工学、芸術……とにかく自分が色々頑張ってパラメータを上げていくわけ」 そこでオビ=ワンが顔を上げた。 「なるほど、つまりパダワンの育成シミュレーション・ソフトか」 「あっ、そうそう。そういうの作ってたんだ。面白くない?」 アナキンは大きく頷いてにこにこ笑って見せた。 (恋愛シミュレーションゲーム、作ってたなんて言えないよなぁ) 本当は修行だの勉強だの色々頑張って、女の子にいいところを見せて、「キャーあなたってカッコイイのねっ。す・て・き!」と言われて、ちやほやされて、最終的には恋人を作ってジェダイナイトにもなってウハウハなナンパゲームのつもりだったのだが、そんなものを作っていたと知れたらきっと蹴られるに違いない。 (何か誤解してくれたみたいだし、おおむね間違いではないし、黙っとこ……) アナキンの考えをよそに、オビ=ワンは感心したような声を洩らしながらソフトを操作している。 「面白いな。まだ実用性とまではいかないが、大まかなシミュレーションとしては使えるかもしれないぞ」 「でしょ、でしょ? えへへ、キャラもいっぱい出てくるんだよ」 思わぬところで誉められたアナキンは、つい嬉しくて口を滑らせた。 「キャラ?」 不審そうな顔のオビ=ワンに、アナキンははっとしてでまかせを言った。 「あ、うん。自分以外にもいろんな人が一緒に修行してて、お互いに磨きあったりしたりしなかったりとか何かそんな感じで……」 「ああ、なるほどな。お前にしちゃよく考えてるじゃないか」 「まぁね……えへへ」 (落とせる女の子がタイプ別にたくさんいるってことなんだけどね……) 言わなくていいことは言わないほうがいい。 そのことを、大きくなったアナキンはようやく学んだらしい。つい自慢したくなるのをぐっと堪えて、オビ=ワンが誤解するままにさせておいた。 「あ、よかったらオビ=ワン、少しやってみない?」 「これをか?」 「うん。コマンドとかは見ればすぐわかるようにしてあるから。マスターのパソコンに転送しておくね」 アナキンはうきうきとキーパッドを叩いて、ゲームデータをオビ=ワンのアドレスに転送する。 (これでマスターがはまったら、めちゃくちゃ面白いよね) ギャルゲーとも知らずにプレイするマスターのまじめくさった顔を想像するだけでも笑いがこみ上げてくる。たちの悪いいたずらだと自分で思いながらも、ついいたずら心が先に立ってしまった。 「分かった。せっかくだから少しやってみよう」 「うん。どんな結果が出たか、教えてねっ」 こうしてオビ=ワンはまんまとアナキン自作のギャルゲーのソフトを押し付けられてしまったのだった。 翌日。 「マスター、やってるー?」 元気なパダワンは素早くオビ=ワンの部屋の扉を開けると、勝手に中に入ってきた。 「ああ、やってるよ」 リビングのソファに座り、小型のデータパッドを操作していたオビ=ワンは、顔を上げて微笑んだ。 (うわっオビ=ワン機嫌いいよ!) いつも小言から始まるオビ=ワンとの会話が、今日は笑顔でスタートしたのが嬉しい。大声で「よっしゃー!」と叫んでガッツポーズを取りたいくらい嬉しかったが、とりあえず自粛。 (僕も大人になったなぁ) 自分のポーカーフェイスに自画自賛しながら、アナキンはオビ=ワンの後ろからデータパッドを覗き込んだ。 「おっ、やってますね」 「うん。結構面白いな」 オビ=ワンはお気に入りのキャラメルティーを傾けながら、素直に感想を述べた。 (うわっキャラメルティー出してきた……このご機嫌は本物だ……) 紅茶にはかなりうるさいオビ=ワンなのだが、その中でも特にこの熟成キャラメルティーは秘蔵の一品で、よほどいいことでもない限りなかなか淹れないものなのだ。 多忙を極めた仕事が片付いた開放感からか、アナキンが珍しく有益な作業をしていたことが嬉しかったのか、オビ=ワンは秘蔵のそれを淹れて優雅な休日を満喫しているらしかった。 「どれどれ……うわっすごっ」 オビ=ワンのゲームデータを覗き込んだアナキンは驚いて声を上げた。 ゲームの中の日付は2年目の7月になっているが、プレイヤーキャラのパダワン「オビ=ワン」はライトセーバーの腕も勉強も雑学も、あらゆるパラメータが考えられないほどの高い数値を出していた。ストレス値も全然溜まっていない。 「あんたどんな生活してたんですか!」 つい突っ込んでしまう。アナキンのテストプレイでもこんな数値は出したことがない。 「ん? 普通に規則正しく修行して、勉学して、休みも取っていたが?」 (でも……ひょっとして……) ふと思いついたアナキンは、別のウィンドウを開いた。 「あ…………」 (めっちゃ爆弾ついてますよ、マスター……) 予想通りだった。 「マスター、これじゃダメです」 「ん? どうしてだ?」 「これ見て下さい」 アナキンが開いたウィンドウには、数人の女の子の名前が並び、そのすべてに爆弾のマークがついている。 自分がカッコよくなければ女の子にモテないのだが、カッコよすぎると人気が高くなって女の子がこちらを意識してくるようになる。そのうえで女の子を無視し続けると、怒って悪い噂が流れたり嫌われたりするようになるシステムだ。 「これ。マスターかなり嫌われ者になってますよ」 「ああ、なんか色々言われるんだが、どうしたらいいんだ?」 「女の子に誘われたらちゃんとデートしてあげなきゃいけないんですよ。でないと悪い噂が流れるんです」 「どうしてジェダイが女性と付き合わなければならないんだ?」 (それはこれが恋愛ゲームだからです) のどまで出かかった言葉を飲み込み、アナキンは持てる言語をフル活用した。 「自分だけが己を磨いたところで、それは独りよがりに過ぎないでしょう。だから人との付き合いも大切にするよう、プログラムしたんです。ジェダイはあくまでも人と人とを繋げる仕事な訳ですから、人間関係を友好に保てるかどうかもシミュレートできるように……」 「アナキン、偉いぞ!」 最後まで(でまかせを)言い終わらないうちに、オビ=ワンがアナキンの頭を撫でた。 「そうだな、お前の言うとおりだ。よく考えているじゃないか」 「え、ええ、まあ……」 「成長したな、アナキン」 ソファに座ったままでパダワンを見上げ、オビ=ワンは本当に嬉しそうに笑った。 (うっ……かわいい……) 騙しているようで心が痛まないこともなかったが、オビ=ワンの笑顔の可愛さにそんなことも忘れてしまった。 「僕だってバカじゃないですよ」 「そうだな、偉いぞ」 珍しく誉め倒されて、アナキンも悪い気はしない。 「ま、とにかくそういうわけで、女の子をないがしろにしちゃダメですよ。爆弾マークついたら女の子が『最近のオビ=ワンは付き合いが悪い』って思ってる証拠なんですから、ちゃんとどこかに誘って上げなきゃダメです」 「そうか。出かければいいんだな」 「そういうことですね」 アナキンはパッドを操作して、さっそく女の子のコムリンクにコールして見せた。 『はい、キサラギです』 『あ、オビ=ワンですけど。次の日曜に中央公園へ行かない?』 『えーと……はい、空いてます。是非ご一緒したいです』 『うん、それじゃ10時に中央公園で』 『はい、楽しみにしています』 「これで次の日曜はキサラギさんとデートですから。ちゃんとデートコマンド選択してくださいね」 「そうか……休日に勉強するとはかどるんだが……」 「ダメです。人との付き合いをおざなりにしちゃ、立派なジェダイにはなれません」 「……お前、偉そうな口を利くようになったな」 「マスターこそ、休みのときくらい修行は忘れてください」 (そしてもっと僕と遊んでください) 最後の本音は心の中でつぶやいて、アナキンはオビ=ワンのプレイを後ろから覗き込んだ。 『今日はいい天気だね、キサラギさん』 『本当に。もうすっかり夏ですね』 『ココへはよく来るの?』 『ええ、木陰で本を読むのが、好きなんです』 「マスターはキサラギさんみたいなおとなしい人が好みじゃないかと思うんだよね」 「うーん……あまり騒がしくされるのは確かに苦手なんだがな」 オビ=ワンはそういってちらりと弟子の顔を見たが、アナキンはその視線には気付かなかったらしい。画面を見つめて「ほら」と指差す。 「マスター、選択肢だよ」 『ねぇオビ=ワンさん、本って良いですよね?』 1、本は重いから苦手だな。データパッドで十分だと思うよ。 2、本は良いよね。古き良き時代を思い出すよ。 3、夏の暑い日に読書? 部屋へ戻ったほうがよくない? 「さあ、どうしますマスター?」 「……って言われてもな。夏に公園で本を読むのは暑いと思うぞ。部屋に戻ったほうがいい」 オビ=ワンは親切に3を選択した。 『外は暑いよ。部屋へ戻ったほうがよくない?』 『そ、そうですよね。すみません……』 そして(あまり良い印象を与えなかったようだぞ)というメッセージが出た。 「今のじゃダメなのか?」 「ダメですね。キサラギさん、体が弱いのをコンプレックスにしているから、ことさら弱い者扱いされると傷ついちゃうんです」 「そ、そうか。勉強になるな」 「キサラギさんとは、静かなところで一緒に勉強したり、クラシックのコンサートに行ったりするといいですよ。海とかスキーとか、運動全般は誘ってもあんまり喜ばれない」 「うーん、いろいろ難しいんだな」 オビ=ワンはティーカップに口をつけたまま、画面を眺めてうなっている。 (マスターってホント、面白いよなぁ) こんなにまじめにギャルゲーをプレイする人もいないだろう、とアナキンは爆笑寸前の自分をどうにか抑え、純粋で天然な我がマスターを眺めた。 「まっ、人にあわせて色々な選択肢があるわけですよ。嫌われないように頑張ってくださいね」 「ああ、もう少しやってみるよ」 まじめくさってデートの予定を考えているオビ=ワンを残し、アナキンはそそくさと部屋を出た。これ以上一緒にいたら、確実に大爆笑してしまうに違いなかった。 アナキンがいなくなって、オビ=ワンは一人でゲームを続けている。 「んー……違うか……」 修行のコマンドはただまじめにやっていればいいだけだったが、人間関係のほうになると途端に行き詰った。 相手のためを思って言った言葉に怒られ、選んだデート場所は断られ、悪い噂は流れ続けている。 ただでさえ自分のパラメータをがんがん上げてきた「オビ=ワン」は、女の子の人気も高く、それゆえに全員とのデートをしっかりこなしておかないと加速度的に嫌われていくのだ。 「うー……」 ゲームは丸3年を期限に終了する。結局3年間の修行生活の末、オビ=ワンはあらゆる女の子に嫌われまくっている反面、中身だけは立派なジェダイとなった。 「これではいかんぞ」 『嫌われ者のテーマ曲』が流れるエンディングを見つめたまま、オビ=ワンは本気で頭を悩ませた。たかがシミュレーションと侮っていたが、そのシミュレーションの世界でこんなに人間関係を失敗していてはジェダイマスターの名がすたる。 いや、人として恥ずかしい。 そこまで思いつめたオビ=ワンは、眉間に皺を寄せたまますぐさま2回目のプレイに突入したのだった。 「えーと、これが他の人のパラメータで……」 今までは女の子が登場しても特に気にしていなかったのだが、一人増えるたびにコムリンクにコールをかけ、休日には顔を合わせて、交友を深めるように心がける。 そうしていると休日に勉強したり休んだりできなくなるので、自然と自分のパラメータは下がっていく。それを平日の修行で補って、自分の修行と人間関係のバランスを保つように気を使って……。 (これは案外難しいぞ、アナキン……) 今まで考えたこともなかったが、こうしてシミュレートしてみるとジェダイの生活とは確かに『文武両道、人間関係友好』のバランスが重要なのかもしれない。 そして何よりも難しかったのが、女の子との会話モードだ。 デートすると必ず聞かれる問いに、オビ=ワンはうまく答えられない。 どうしても相手の喜ぶ答えが返せず、かといってあまりに媚びたことを言うと見透かされてバカにされる。女の子に個性があり、同じことを言っても喜ぶ相手と怒る相手がいるのだが、その辺の見極めができないらしい。 (うう……困った……何とかしなければ) 色々な女の子に『ひどい人ね』『そーかなー、そうは思わないけどー』『何を言っているのよ』『来るんじゃなかった』などと散々に言われ続け、ゲームの中のこととはいえさすがのオビ=ワンも落ち込んできた。 「と、とにかく誰か一人でも友達になってもらわなければ……」 アナキンが聞いていたらきっと情けない顔でオビ=ワンを哀れむに違いない。しかしオビ=ワンは必死だ。とにかく誰かと交友を深めなければ……と焦る。知っている相手のコムリンクにコールし、デートの約束を取り付けた。 日曜日、ショッピングへ誘ったヒモオさんが尋ねてくる。 『じゃあ、どこへ行きましょうか』 1、ブティック 2、ファンシーショップ 3、ジャンク屋 (……ん?) その選択肢に聞きなれた単語を見つけて、オビ=ワンは頭をひねった。 『ジャンク屋』 それはオビ=ワンが、いなくなったアナキンを探すときにまず初めに顔を出すお決まりの場所だ。機械の部品だのパーツだのといったものを売っている場所であって、デートに疎いオビ=ワンでもそこが女性を誘う店ではないことくらい分かる。 (何でこんな店が……) 不思議に思い、ついクリックしてしまった。 「あ、しまった」 画面が薄暗く、怪しげな店に変わる。背景には(不本意ながらも)見慣れた店の様子が映し出され、何だか分からないパーツが所狭しと並べられていた。 『やっぱりショッピングといえばここね』 するとヒモオさんは満足そうにそう言った。 (あれ?) オビ=ワンはますます不思議な気持ちで頭をひねる。選択肢から、それに賛成するような答えを選んだ。 『この雰囲気がたまらないね』 『あなたにもこの良さがわかるなんて意外ね』 そして(ばっちり良い印象を与えたぞ)のメッセージが出る。初めてのことだ。 「つまり……女性にも色々いる、ということか」 データパッドを眺めて、しみじみとつぶやく。当たり前だと思っていたことが当たり前でなくなる。そんなことは人間関係ではよくあることだ。こうしてシミュレートしてみて初めてそのことに気付いたような気がした。 (パダワンにこんなに勉強させられるなんて、私もまだまだだな) 苦笑してティーカップの中身を飲み干し、オビ=ワンは頷いた。 「よし、とりあえずこの人と仲良くなろう」 気が合いそうね、と言われてすぐその気になる自分もどうなのだろう、という気はしないでもなかったが、他に相手をしてくれそうな人もいない。 とにかく次の休みもヒモオさんに連絡して、今度は水族館に誘うことにした。 『研究用にこのくらい欲しいわね』 『これだけいれば、十分だね』 『そうね。数よりも種類の多さが魅力的ね』 女性とのデートという気がしない。しかしなぜか、彼女が喜んでくれる会話がすんなり選べるのが不思議だった。オビ=ワンはさらにヒモオさんの研究を重ねる。 プラネタリウムにて。 『いずれは、この星々も私のもの……』 『そ、そうなるといいね』 『そうなるのよ。あぁ、楽しみだわ』 「おいおい」 さすがのオビ=ワンも突っ込まずにはいられなかった。どう考えても女性とのデートの会話とは思えない。というか、このヒモオというキャラクターは誰かに似ている。 「あ」 オビ=ワンは、はたと手を打った。 誰かに似ている、も何もない。 「アナキンじゃないか」 外見は普通のヒューマノイドの女性だが、好きなものや会話がまるでアナキンそのものなのだ。 (あいつめ、自分自身を登場人物にしたのか。しかも女性……) 何だか笑いがこみ上げてくる。自分でシミュレーションプログラムを作っておいて、その中に自分自身を潜ませておくなど、いたずら心は決して忘れないらしい。 (よし、アナキンと仲良くなろう) アナキンの考えていることなら分かるはずだ。いつもはアナキンの教育のためを思って何だかんだと小言ばかりになってしまうが、シミュレーションなら少しくらい甘やかしても、アナキンの喜ぶことばかり言ってやっても、問題はないだろう。 「それじゃ、早速……」 オビ=ワンはもう一度アナキン……ではなくヒモオさんのコムリンクに連絡を入れ、次の休みに公園に誘う。 『池を見てると、流体力学を勉強したくなってくるわ』 「アナキン……お前そんなことばっかりだなぁ」 ゲームとはいえ、その向こうに製作者のアナキンの顔が見えてくる。オビ=ワンは苦笑して台詞を選んだ。 『さすが、考えることが違う』 『当たり前よ。凡人と比べてもらったら困るわ』 口ではそういいながらも、アナキンならぬヒモオさんは満足そうな笑顔を浮かべている。 (まったくあいつは、誉めてやるとこれだから……) アナキンに対して「さすが、お前は考えてることが違うな」なんて誉め言葉をかけてやったことはない。けれどきっと言ってやったら、こんな顔をして喜ぶのだろう。 動物園に誘えば 『今見てきた、コアラどう思った?』 と聞いてくる。ひねくれもののアナキンが素直に「かわいいね」なんて言うはずがない。こっちもちょっとひねくれた答えを選んでみる。 『目が怖かったよ』 『それが、奴等の本性よ』 するとアナキン……ヒモオさんは楽しそうに語る。これがアナキンだったら「そんな斜めに物事を見るんじゃない」と一言注意してやらなければならないが、相手はアナキンのようでアナキンではないから、小言を言う必要もない。ただ、喜ばせてやれば良い。 もうすっかりアナキンのようなその女の子と付き合うのが楽しくなってきたオビ=ワンは、二杯目の紅茶を淹れると再びゲームに向かった。 もうヒモオさんはオビ=ワンの中ですでにアナキンになり、会話も頭の中でオビ=ワンとアナキンになっている。 『真の天才は、芸術を楽しむ心を持たなくちゃだめだね』 『アナキン、この絵、素晴らしいと思わないか?』 『そうだね。この僕にふさわしい価値があるかも』 『バカを言うな、アニー』 『だって……』 『ジェットコースター、怖かったな』 『僕のスピーダー実験のほうが怖いよ?』 『それは……面白そうだな』 『面白いよ。今度乗せてあげようか?』 『いや、遠慮しておくよ』 『えーっ、なんでーっ』 平日の修行コマンドの合間に、アナキンを呼び出して休日をあちこちで過ごす。相手がパダワンではないから無責任な発言をしても許されるのが楽しくて、オビ=ワンはつい調子に乗ってアナキンが喜びそうなことばかり言った。 そしてそれは、狙ったようにアナキンを喜ばせるのだった。 画面の中の女の子は、「オビ=ワン」とのデートを楽しんでいるように見えた。 そしてまた自分も、このヒモオならぬ「アナキン」との会話を楽しんでいる。 「……アナキン、か」 ソファの上で大きく伸びをして、オビ=ワンは一人つぶやいた。 こんなに気を使わないでアナキンと話をしたことなど、あるだろうか。 思えはマスターという立場上、アナキンに言えない言葉は多すぎる。 その多くは誉め言葉だ。 アナキンは自信過剰な傾向があり、すぐ付け上がる。だからオビ=ワンもめったに誉め言葉など口にできなかった。 (もしかしたら……私にはそんなストレスがあるのかな) ゲームの中のアナキンに誉め言葉を投げかけながら、オビ=ワンはふとそんなことを思う。 言いたいことをいえないストレス。それも、誉めてやれないというストレス。 アナキンには文句ばかり言っている。顔を合わせれば小言ばかり、注意ばかり、叱ってばかり……。オビ=ワンだってそれが楽しくてしているわけではないのだ。当然、アナキンだって楽しくはないだろう。 アナキンの喜びそうなことを言って、こんなふうに喜んでもらって、楽しい休日が過ごせたらどんなにいいだろう。オビ=ワンは我知らずため息を吐いた。 (叱りすぎていたかもな……) アナキンは確かに実力と才能がある。そしてきちんと努力すべきところは努力している。そのパダワンに対する評価をきちんと言葉にして表してやったことはめったにない。 (もう少し、誉めてやろう。それから、少しくらいいい気にさせてもいいかもしれないな……) パダワンの増長を恐れるあまり笑顔まで押さえつけてしまったら、アナキンの本来の明るい性格をねじ曲げてしまうかもしれない。 そんなことを考えながら、すっかり仲良くなったパソコンの中の「アナキン」に目を落とす。 日付は2年目の3月。この3月が終わるとプログラム終了になり、それまでの3年間の成果が表示されてエンディングになる。 楽しく過ごした「アナキン」との生活も、もう終わろうとしている。 (いつかあいつもジェダイになって、こうして別れる日が来るんだな……) 妙にしみじみとした気持ちになってしまい、オビ=ワンは胸がきゅっとなるのを感じていた。 そして。 シミュレーション上の3年が過ぎた。 優秀な成績を上げた「オビ=ワン」の進路は無事ジェダイマスターの、しかも評議会メンバーに決まった。この辺はゲーム性にこだわって実際のジェダイ聖堂のシステムとは変えてあるらしい。 (アナキンはどうなったんだろう?) 理工学系で特に優秀だった「アナキン」は、恐らくそっち方面の研究者になっただろう。しかしお互いパダワンを卒業してしまえばもうある意味では他人になってしまう。パダワン時代に仲の良かった者同士も、マスターになると忙しくてなかなか会えなくなってしまうのだ。 寂しい思いで「オビ=ワン」はパダワンを卒業する。 「おや?」 オビ=ワンは画面を見つめて小さく声を上げた。 『オビ=ワン、あなたに後で来て欲しい』 そんな伝言が残されている。名前はなく、ただ一言『来て欲しい』とだけ書かれていた。 選択肢はない。呼び出された「オビ=ワン」は誰からのメッセージだろう、と考えながら指定された庭園の隅の樹の下に行った。 (アナキンだ) オビ=ワンにはすぐに察しがついた。 パダワン卒業の日、「アナキン」が呼び出してきたのだ。 どんな別れが待っているのだろう。 画面を見つめるオビ=ワンの手に力がこもる。 たとえ架空のストーリーとはいえ、何度も遊びに行き、会話を重ね、楽しい時間を共にしてきた「アナキン」だ。思い入れもひとしおである。 そして樹の下に立って待っている人影が一つ。 駆け寄る「オビ=ワン」。 そこで待っていたのは……。 『いつまで待たせるつもりなの?』 やっぱりアナキンだった。 けれどいつもと様子が違う。 アナキンは顔を赤らめ、見たこともないような恥じらいをその瞳に浮かべて、言いにくそうに言葉をつづった。 『オビ=ワン、今までの僕は、自分の才能に溺れて、人を見下した態度を取って、誰が見ても、すごく嫌な奴だった。普通の奴が愛だの恋だのと騒いでいるのを、馬鹿にしてた。 だけど、いつの頃からか僕の中に初めてこみ上げる感情が…』 「ちょ、ちょっと待ってくれアナキン!」 オビ=ワンはパソコンの中のキャラに向かって慌てて声をかけた。もちろん聞いてくれるわけもなく、画面の中の「アナキン」はどんどん言葉を続けていく。 『すぐに、あなたに恋していると気付いた。 でも、僕は機械関係の研究に魂を売った男。そんな浮ついた感情を押さえるために、研究だけに没頭したんだ。 だけど、卒業が近づいてくると、その想いが強くなってきて、自分でも押さえきれなくなって……。 僕はあなたに負けてしまった。もう、あなたに嫌われるなんて、考えたくない。 世界征服の野望も捨てるよ。だってもう、僕の野望は、あなたに好かれることに変わったから……』 「あああなんてこと言い出すんだこのバカパダワンはっ」 まさかそんな展開になるとは思ってもいなかったオビ=ワンは、パソコンの画面を前にひたすらうろたえていた。もしこれが現実だったら、間違いなくオビ=ワンはこの場で笑われるか平手打ちを食らうかしているに違いない。 が、これは仮想世界の話だ。勝手に画面の中では話が進んでいく。 『実を言うと……私もアナキンの事が……』 『ほ、本当に…? じゃあ、野望は達成されたんだ……。嬉しいよ。 きっと、世界征服したとしても、こんなに幸せになれなかったと思うよ』 『私も幸せだよ、アナキン』 『僕、もっと、あなたに好かれるように、努力するよ』 そして呆然と見守っているオビ=ワンの目の前で明るいエンディングテーマが流れ、幸せそうな恋人たちの絵が出てエンドになった。 ……もちろん画面の中ではヒモオさんという女の子のキャラの画像なのだが、すっかりアナキンのつもりでプレイしてきたオビ=ワンには、もうアナキンにしか見えていない。 しばらく凍り付いていると、不意に入り口のベルが鳴った。 「マースター。いますか〜?」 「……………………」 「あっ、まだやってたんだ。どう? 仲良くなれた?」 相変わらず勝手に室内に踏み込んできたアナキンは、画面を見て声を上げた。 「わお。ちゃんと攻略できたじゃん。マスターすごい……」 「…………あ、な、き、ん」 「……………………はい?」 オビ=ワンの様子がおかしい。アナキンはとっさに一歩後ろに下がり、苦笑いを浮かべた。 「ど、どうしたのオビ=ワン? なんか変だった?」 (やべー、マスター怒ってるよ) 育成シミュレーションなどと偽って、やっぱりただのギャルゲーを作っていたのがばれたのだ。 (そりゃそうか。あははは……) 調子に乗ってオビ=ワンにやらせたのはやっぱり間違いだった。今さら気付いても遅いのだが、それにしてもここまで気に入ってくれるとは思ってもいなかったから、さすがにアナキンもいたずらが過ぎたかな、と反省する。 「ご、ごめんねオビ=ワン。でも最後のはちょっとした遊び心で本来のシミュレートパートはまじめに作って……」 「出て行け!」 「はいいいっっ!!」 オビ=ワンの怒声に押し出されるように、アナキンは部屋から飛び出した。 そして一人残されたオビ=ワンは……。 「まったく! あいつはっっ!」 パソコンのスイッチを乱暴にオフにして、どさりとソファに体を投げ出した。 「まったく……」 腕を組んで、眉間に皺を寄せる。 「まったくあいつは……」 (仮想現実でも、これか!) 仲良くしていたと思ったら、最後には「好きになりました」だと!? これでは現実世界と同じじゃないか! 幼いアナキンをパダワンにしてもう5年以上が経っている。あの幼かったアナキンはオビ=ワンの身長を追い抜くほど大きくなり、そして近頃でははばかることなく「スキです」だの「愛してます」だの、果てには「抱かせてください」だのと部屋へ忍び込んできたりする。 少しでもつけ上がらせれば、アナキンはここぞとばかりに迫ってくるに違いない。 「だからアナキンを甘やかすのは、嫌なんだ!」 そう、オビ=ワンは思い出していた。 アナキンを誉めると自信過剰になると同時に。 いい気になって「じゃあいいですよね」とか何とか言いながら襲い掛かってくるのだ。 「やっぱりアナキンを誉めるのは、止めた」 少しは誉めてやってもいいかな、と思ったのに。 あいつを喜ばせるようなことを言ってやってもいいかな、と思ったのに。 それがいかに危険なことであるかをオビ=ワンは思い出してしまったのだった。 「ごめんよオビ=ワーン……」 閉ざされたオビ=ワンの部屋の扉を見つめて、アナキンはため息を吐いた。 (あちゃ〜、しばらく口利いてもらえないかも) ああなったら何を言っても火に油だ。鎮火するまでしばらく待つしかない。 「ま、いっか。後でもう一度謝っとこう。そもそもオビ=ワンが僕を3日も放置しておくからこういうことになるんだし」 違法レースに出るよりはずっと罪がないと思うけどなぁ、などとぶつぶつつぶやきながら、アナキンは廊下を歩いていく。 そんなアナキンは、惜しいところで大きな魚を釣り逃がしたことに、気付いていなかった。 <<END>> |
| あー、楽しかった。久し振りのマトモな更新はアナオビです。何か設定とか説明不足でごめん。まぁアナキンはお約束どおりオビ=ワンのことを狙って頑張っているってことで読んでください。 ネタはいうまでもないです。小波の「時めき目盛り有る」です。しかも1。わかんなかったらごめん。ときメモサイトとか頑張って探して、紐緒さんのセリフ集とか参照して頑張りました。努力に見合う作品になりませんでした。ときメモは1しかやってないけどやっぱり面白いと思うのですよー。 これはずいぶん前に(多分去年くらいだ)「マスターは心配性」の並木さんのところで見た「こんなジェダイ嫌だ」シリーズの一枚に触発されて考え付いて……今さら思い出したように書いてみました。何かギャルゲーやってるオビ=ワンのイラストがすっごい可愛くて妄想にあふれた記憶がございます。すんごいかわいいですが、大昔のイラストなので見たい方は「マスターは心配性」様で探して見て下さい。惚れるぞ。 なんか書いてる途中で続きを思いついたデスヨ。このプロトタイプが評判になって、調子こいたアナキンが2を作るという話です。書かない可能性が大きいですが、忘れないようにここに書いておく。 |