「生き物ってのはうまくできてるモンらしいぜ」 そう言ってクッと笑うゴドーに、成歩堂はくらくらとめまいをこらえた。 |
輝く人 |
ゴドーがおかしいことはすぐに気づいた。 「おはようご……」 朝、いつものように顔を洗ってきた成歩堂は、まぶしそうに目を細めた。キッチンがやけに明るい気がする。 「おはようさん」 淹れ立てのコーヒーを差し出すゴドーが、キラリと笑った。 「はうっ?」 「どうした?」 「い、いえ別に……」 そう言いながら、成歩堂はなぜか顔を赤らめる。 (どうしたんだ、僕?) やけに鼓動が早い。もう一度ゴドーをちらりと見ると、見慣れたはずのその顔がやけにきれいに見えた。 なんだかゴドーのまわりにキラキラしたオーラが見えるような気がする。ゴドーが笑うとふわっと花の咲く音が聞こえるような気がする。 (な、なんなんだ……夢でも見てるのか?) 呆然としている成歩堂に、ゴドーが怪訝そうな顔をする。 「どうかしたのかい?」 「いえ……はい……あの……どうかしちゃったのかな……」 「?」 きょとんとするゴドーの仕草が、無垢なリスのようであまりにもかわいい。そうかと思えばコーヒーを飲む姿は凛々しく、すらりとしたスタイルが彫像にでもしておきたいほど美しい。 「ダメだ……僕、病気みたいです……」 いくらゴドーが好きとは言え、ここまできたら完全に病気だ。それくらいの自覚は成歩堂にだってある。 「熱でもあんのかい?カオが真っ赤だぜ」 額に手を当てられて、成歩堂は悲鳴をあげた。 「ひやあああああっ!」 「なんだなんだっ」 その手を振り払うようにして、成歩堂は爆発しそうな心臓を必死で抑えた。 「これ以上されたら、僕死んじゃいます!」 「なんだ、アンタ」 さすがにゴドーもムッとしたらしい。悪いことをした、と成歩堂が反省した瞬間、ゴドーの不機嫌な表情があまりにも格好良く見えて、声も出なくなってしまった。 「オレが悪いことをしたのか?」 「違……」 「だったら何だ」 「それはその……」 ずい、と間近に顔を寄せ、ゴドーはまっすぐに成歩堂の目を覗き込んだ。 「ゴドーさ……」 「オトコなら言いてえことははっきり言いな」 軽く凄んだ顔も、失神しそうなほどカッコいい。体からはコーヒーの苦みばしった香りに混じって、とろけるような甘い匂いが立ちこめている。 (もうだめ……このまんまじゃ死にそうだよ) 意識が朦朧としてきた。けれどゴドーの厳しい顔が目の前に迫って、逃げることもできない。 気絶寸前の成歩堂は、うわごとのように口を開いた。 「ゴドー……さんが……」 「オレが?やっぱりオレが何かしたのか?」 「ゴドーさんが……カッコよすぎ……る……」 それだけ言うと、成歩堂はがっくりと気を失った。 「まっ、まるほどう!?」 さすがのゴドーもこれには驚き、ぐったりする成歩堂を抱いたまましばし呆然と佇んでいたのだった。 そして数時間後。病院から帰った成歩堂とゴドーは、いつもより遅く事務所を開けた。 「しかし冗談みたいな話があるもんなんですねー」 まるっきりあさっての方向を見ながら、成歩堂が言った。ゴドーもなるべく所長机から遠いところに椅子を置いて、窓の外を見ながら返事をした。 「小説より奇なり、ってやつか」 倒れた成歩堂を診てもらうつもりで病院に行ったら、周りの様子がおかしい。誰彼かまわずゴドーに近づいてきて、話しかけたり触ったりと、まるでアイドルかなにかのような扱いだ。 すぐにゴドーの主治医が見つけてかくまってくれたのだが、そこで信じられないような話を聞いたのだった。 「本当に病気だったなんてね」 成歩堂が苦笑する。とはいえ、病気だったのは成歩堂ではない。ゴドーのほうだったのだ。 それは非常に珍しい、アレルギーの一種だという。外部の刺激に反応した体は、普通は抵抗や拒否反応を起こす。だが弱ったゴドーの体は、特殊なフェロモンを発しているらしい。 「外敵を倒すんじゃなくて、守ってもらうつもりですね。まさに逆転の発想だなぁ」 「愛は自分を救う……のかねぇ?」 「どんな動物の赤ちゃんも、守ってもらうために可愛くできてるんだって聞いたことありますよ。それと同じだな」 ファンタジーはおとぎ話の中だけにしてくれよ、とゴドーがぼやいた。 ゴドーのフェロモンに当てられないように、成歩堂はなるべく離れた場所で、今日の手紙とファックスをチェックし始めた。 「おはよー!」 「おはようございます」 そこへ真宵と春美が入ってきた。 「あ、真宵ちゃ……」 ゴドーのことを話そうと成歩堂が顔を上げると、二人はもうすでにゴドーにぴったり張り付いていた。 「早っ!」 「神乃木さん、いい匂いー」 「おじさま、香水でもつけていらっしゃるのですか?」 「クッ……今日のオレは危険だ。うかつに近寄ると……ヤケドしちゃうぜ?」 いつものクセでキザなセリフを口にすると、二人がふわぁ〜〜、とため息を吐いた。 「かっこいい!」 「素敵です!」 二人の女の子にはさまれてふてぶてしく笑うゴドーは、ますます「キラキラオーラ」を放っている。 「……僕は助けにいけませんからね」 最初からゴドーにベタ惚れだった成歩堂は、おそらく誰よりもゴドーのフェロモンに弱い。目をゴドーに向けることすらできない成歩堂は、顔を背けたままぼそっとつぶやいた。 「クッ……テメェのことくらい、テメェでなんとかする、さ」 「うわあああ神乃木さん、めっちゃかっこいい!」 「オトナの匂いがします!」 きゃあきゃあと二人が騒ぐ。 そのとき、唐突に事務所の扉が開いた。 「失礼する。成歩堂、昨日の……」 「わああっ少々お待ちくださっ……」 「ム、なんだ。私が入ってはまずいのか?」 そこには少々気分を害した、という顔の御剣が立っていた。後ろにはイトノコ刑事もついてきている。 「酷いッスよ! なるほどくんが御剣検事に頼んだ資料、わざわざ持って来たッスよ? いつもみたいにコーヒーくらい出すッス!」 「いやいやいや、今ちょっとコーヒーの人が……」 「私はいつものミルク多めで」 「自分は砂糖とミルクひとつずつッス」 二人は当然のような顔をして応接ソファに座り込んだ。 ゴドーが来てから、訪問者にはとびきりのコーヒーを出すのが成歩堂事務所のルールになってしまっている。 いつものようにソファに座った御剣とイトノコは、ゴドーのほうを向いてうっと言葉に詰まった。 「神乃木……さん……」 「ど、どうしたッスか。なんかいいニオイがするッスよ?」 きっと二人にもゴドーのキラキラオーラが見えているに違いない。 真宵と春美に抱きつかれたまま、ゴドーはクッと笑った。 「いつもみてぇにとびっきりのコーヒーを淹れてやりてぇんだがな。見てのとおり、今日はちょっとカラダが空いてねぇんだ。ちょっと待っててくれるかい?」 「……うム。見るからにお忙しそうだからな」 「……そうッスね」 ぼんやりとした口調でつぶやくと、御剣はスッと立ち上がった。 (今日はおとなしく帰ってくれぇ…………) そっぽを向いたまま、成歩堂が心の中で必死に祈る。 ……が、ちらっと横目で様子を窺った成歩堂は思わず悲鳴を上げた。 「なにやってんだーーーーーーーーー!?」 「うム。コーヒーが出ないから、コーヒーの香りだけでも頂戴しようかと思って……」 御剣がちょこん、とゴドーの膝の上に座っている。さらにイトノコがゴドーを後ろからハグしていた。 「コーヒーの甘い匂いがするッス!」 「コーヒーは甘くないよ……」 あきれた口調で成歩堂がつぶやいた。が、半分は悔し紛れだ。 部屋の対角で、ゴドーを囲んでみんなが楽しそうに話している。一人でぽつんと所長机に座っている成歩堂は、初めは見ないようにそっぽを向いていたが、そのうちイライラとした様子で立ち上がった。 「もう!」 部屋を出て行くのかと思ったら、まっすぐにゴドーの方に寄って来た。 「僕も混ぜてください!」 「おい、まるほどう…………」 驚くゴドーの首筋にしがみつき、成歩堂はぎゅっと抱きしめた。 「僕が一番、大好きですからっ!」 「まるほどう……」 必死にしがみつく成歩堂の背中にそっと手を添えると、その体がずるりと力なく崩れ落ちる。 「まるほどう!?」 ぐったりしている成歩堂の顔を容赦なく叩いて、御剣はあっさりこう言った。 「気絶している」 それからしばらくの間、ゴドーのフェロモンはおさまることがなく。 「神乃木さーん!」 「おじさま、また来てしまいました」 「今日もコーヒーをご馳走になりに来た」 「……ッス!」 成歩堂が悔しそうに見ている前で、コーヒーの人を囲む会は毎日続くのであった。 <END> |
| 久しぶりの更新ですー! なんだかどっかでいっぺん書いたような話になってしまいましたが……おおう、反省。いいんだよ、うちはゴドー屋なんだもん。ゴドーが幸せになればそれでいいんだもん! というわけでハッピーバースディ、マコトさん! 「コネコチャンなゴドーさん」というリクエストをもらったとき、これしか思いつきませんでした。つまらないものですがお納めください。ぺこぺこ。またカラオケ行きましょう〜! |
| By明日狩り 2005/05/14 |