ラフ#02「師を失ふ」     BY明日狩り





 手の中には 不吉な卵
 赤黒く血管の浮き出した其れを 掌に閉ぢ籠める

 生まれては不可無い
 生まれては不可無い

 固く固く指の間を閉ぢ合せて 其れが此の世に現れぬやう

 無駄な祈りを 

 音がする 音がする 
 生まれて来る 
 卵の中から 



 死が 




 無数の蟲が 這ひ出て来る 
 指の間を割つて此の世に出ようとしてゐる 

 不可無い 

 もう掌の中は蟲で一杯だ 
 細く長い足をざわめかせて 蠢かせて 這ひ回り 這ひ回り 
 出ようと藻掻く 其の触覚 

 無数の足 足 触覚 
 糸の様な足 足 触覚 

 神経を剥き出しにして這ひ回る掌の中 

 おぞましい 

 肌がざわめく 体中が総毛立つ 
 けれど 出しては不可無い 
 奥歯を噛んで声を殺す 




 此は 死だ 




 此は あの人の死だ 





 固く閉ぢた人差指と中指の 柔らかい股の間から ちよろり繊毛が覗く 
 肉を割つて出て来るそいつを押え付け 
 背筋が凍る掌の中 
 指の間から赤黒い頭が覗く 

 握つても間に合はない 
 零れる一匹 逃れる二匹 
 指の間からちよろりちよろりと這ひ逃れ 





 不可無い 不可無い!





 黙つて奥歯を食いしばり 直立不動 
 腕を這ふ蟲 蟲 
 脇の下 項 肋骨を這ひ 鳩尾 腰骨 ぞろりぞろりと 
 逃れて行く蟲 蟲 

 掌にはまだ無数の蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲 

 逃すな 逃すな 
 蠢く足 足 髭 触覚 細い神経 神経 
 また一匹 
 また一匹 
 指の間を割つて出る 

 太股 膝下 爪先を 
 逃れて行く蟲 蟲 蟲 





 あの人の所へ 無数の死が迫る 





「行くな!」





 堪らず手を 差伸べて 
 捕へようとする 





 蟲が 嗤ふ 





 掌から無数の死が生まれる 





 あの人に蟲が 蟲が 集る 蟲が集る 
 あの人に蟲が集る蟲が集る蟲が集る蟲蟲蟲 

 さうしてあの人を喰ひ散らす 

 私の目の前で 
 蟲があの人を喰ひ散らす 
 あの人が静かに死んで行く 

 私の体にも無数の蟲蟲蟲 
 這ひ回る触覚 足 足 神経の様な触覚足足触覚足 
 悲鳴を上げても逃れる術無く 
 粟立つ肌に蟲蟲 這ひ回る


「死」



 けれど其奴は

 私を喰らふ事無く

 あざ嗤ふ 蟲共

 せめて






 私も彼と共に逝けたなら



 願はくばあなたと共に