手の中には 不吉な卵 赤黒く血管の浮き出した其れを 掌に閉ぢ籠める 生まれては不可無い 生まれては不可無い 固く固く指の間を閉ぢ合せて 其れが此の世に現れぬやう 無駄な祈りを 音がする 音がする 生まれて来る 卵の中から 死が 無数の蟲が 這ひ出て来る 指の間を割つて此の世に出ようとしてゐる 不可無い もう掌の中は蟲で一杯だ 細く長い足をざわめかせて 蠢かせて 這ひ回り 這ひ回り 出ようと藻掻く 其の触覚 無数の足 足 触覚 糸の様な足 足 触覚 神経を剥き出しにして這ひ回る掌の中 おぞましい 肌がざわめく 体中が総毛立つ けれど 出しては不可無い 奥歯を噛んで声を殺す 此は 死だ 此は あの人の死だ 固く閉ぢた人差指と中指の 柔らかい股の間から ちよろり繊毛が覗く 肉を割つて出て来るそいつを押え付け 背筋が凍る掌の中 指の間から赤黒い頭が覗く 握つても間に合はない 零れる一匹 逃れる二匹 指の間からちよろりちよろりと這ひ逃れ 不可無い 不可無い! 黙つて奥歯を食いしばり 直立不動 腕を這ふ蟲 蟲 脇の下 項 肋骨を這ひ 鳩尾 腰骨 ぞろりぞろりと 逃れて行く蟲 蟲 掌にはまだ無数の蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲 逃すな 逃すな 蠢く足 足 髭 触覚 細い神経 神経 また一匹 また一匹 指の間を割つて出る 太股 膝下 爪先を 逃れて行く蟲 蟲 蟲 あの人の所へ 無数の死が迫る 「行くな!」 堪らず手を 差伸べて 捕へようとする 蟲が 嗤ふ 掌から無数の死が生まれる あの人に蟲が 蟲が 集る 蟲が集る あの人に蟲が集る蟲が集る蟲が集る蟲蟲蟲 さうしてあの人を喰ひ散らす 私の目の前で 蟲があの人を喰ひ散らす あの人が静かに死んで行く 私の体にも無数の蟲蟲蟲 這ひ回る触覚 足 足 神経の様な触覚足足触覚足 悲鳴を上げても逃れる術無く 粟立つ肌に蟲蟲 這ひ回る 「死」 けれど其奴は 私を喰らふ事無く あざ嗤ふ 蟲共 せめて 私も彼と共に逝けたなら 願はくばあなたと共に |