優等生     BY明日狩り

「マスター」

 麗しい声が扉の外から聞こえる。

「どうした、パダワン」
 部屋でくつろいでいたクワイ=ガンは顔を上げ、部屋に入るよう促す。
 一礼して入ってきたパダワン、ザナトスはにっこりと上品に微笑んだ。

「休日にお邪魔して申し訳ありません。ですがマスターとお話をしようと思いまして」
「何の話かな。お前の成績のことなら何も話すことはないが」

 優秀だからな、と付け加えて、クワイ=ガンは笑って見せる。
 ザナトスもまた、嬉しそうに微笑むと、ソファに身を預けているマスターの傍へ歩み寄った。

「掛けても宜しいですか?」
「ああ、いいとも」

 向かい合って置かれているもうひとつのソファに視線をやる。
 が、クワイ=ガンの予想に反し、パダワンはマスターの隣に浅く腰を掛けた。
 もっともこの細身のパダワンがどこに座ろうとも、クワイ=ガンの気にする所ではない。

 ザナトスはマスターの方をちらり、と横目で見て、すっとその目を細めた。
 微かに微笑む口元が、赤く濡れている。
 もうすぐ16の誕生日を迎えるザナトスは、年齢以上に大人びて見えた。

 そっと手を伸ばして、パダワンの髪に触れる。
 邪魔にならない程度なら伸ばしてもいい、と言われたザナトスは、あまり短髪にするのを好まなかったらしい。
 肩まで伸ばした髪はパダワンらしくはなかったが、その漆黒の色にはふさわしい形に切りそろえられている。

「また髪を洗ったのか」
 つやつやとした黒髪が、微かに湿り気を帯びている。
 ザナトスは整った顔を悲しげに歪ませ、
「申し訳ありません。外見ばかりを気にして」
 と、謝罪した。

 実際、ザナトスは他の誰よりも良く身繕いをした。
 髪を頻繁に洗い、肌が汚れるのを嫌った。
 服にほつれがあれば目ざとく見つけ、丁寧に繕った。

 自分だけでなくマスターの身なりにも、ザナトスは随分まめに世話を焼いた。
 どちらかというとそういうことには無頓着なマスター・クワイ=ガンは、このパダワンを取ってからすっかり見てくれが良くなった、と評判になっている。

「いや、身なりを整えるのは良いことだ、パダワン」
 クワイ=ガンは苦笑して、非を責めたのではないことを伝える。
 ザナトスもそれを聞いて笑顔に戻る。
 クワイ=ガンが自分を責めたのではないことは、初めから分かっていた。

「こんなに綺麗にしていると、汚しそうで怖いくらいだな」
 冗談混じりに言って、髪を撫でていた手をそっと離そうとする。
 ザナトスはその手をさっと握り、両手で包み込むといとおしそうにほほに当てた。

「あなたに触られて汚されることはありませんよ、マスター」
「果たしてそうかな」
「ええ、必ず」

 濡れた目でじっと見上げる。
 吸いこまれそうな瞳に、クワイ=ガンは小さくため息をついた。

 誰よりも聡明で、美しく、優秀なパダワン。
 それなのにこの子の才能を認めようとしない者がいる。
 この子の未来が見えないからと、何か不吉な予感がすると。
 それだけでこの輝きを否定しようとする者がいる。

 それがクワイ=ガンには悔しくてならなかった。

「お前は優秀だ、ザナトス」
「ありがとうございます」

 両手に押し頂いたマスターの手を、何度もほほに摺り寄せる。
 なついた猫のような仕草が、クワイ=ガンには嬉しかった。

 猫のように。
 そう、ザナトスは猫のようだ。

 そう思った時、ふと、手に生温かいものが触れた。
 ちょっと驚いて見ると、ザナトスの赤い舌先が指に触れている。

 おやおや、と思っているうちに柔らかく唇で挟み、指先を咥えられた。
 第1間接の辺りまで、右手の中指がザナトスの赤い唇の中に消える。

「こら」
 悪戯をする猫を叱るように軽く、クワイ=ガンは手を振り払った。
「あっ」
 逃げる手を追って、ザナトスが宙を見る。
 すぐに逃げた獲物を捕らえて、大胆にぺろり、と舐めた。

「ザナトスッ」
「はい、マスター」
 返事だけは従順だが、中指を根元から先端へ、舌を這わすのを止めようとしない。

 ぞくり。

 クワイ=ガンの中にざわめくものがあった。
 指を二本咥えて、ザナトスが上目遣いでこちらを見上げる。
 黒い髪と、赤い唇が、艶やかに輝いている。

 ぞくり。

 ザナトスの口の中で、指を動かした。
 柔らかい舌が生き物のようにうごめいている。
 形の良い歯の粒が、規則正しく並んでいる。
 舌先がちろちろと動いて、それからきつく指を吸い上げる。

「…………ザナトス」

 クワイ=ガンは目を閉じた。
 短く息を吸い、よじれかけた心をすっと正す。
 乱れてはいけない。
 ジェダイとして、マスターとして。

「悪戯はよしなさい」
「マスター……」
 指を離し、ザナトスが切ない瞳でじっと見上げる。
 しならせた体が美しいラインを描いて、クワイ=ガンの体に寄りかかった。

 一瞬の沈黙。
 けれどそれはとても長い時間のように、二人には感じられた。

 クワイ=ガンはにこやかに、マスターとしての顔で微笑みかける。
「私はお前を誇りに思うよ、ザナトス」
「マスター……」

 ザナトスの顔に一瞬、失望の色がよぎる。
 けれどすぐにぱっと明るい笑顔になって、クワイ=ガンの目を喜ばせた。

「ありがとうございます、マスター」
「ああ、お前はもっとも優秀なジェダイの一人になるだろう」
「光栄です、マスター」

 背筋を伸ばし、聡明な笑顔でクワイ=ガンの期待に応える。
 ローブの裾でクワイ=ガンの指を拭い、何事もなかったかのようにすっと立ち上がった。

「お時間を取らせて申し訳ございませんでした、マスター」
「いや、お前が傍にいる時間はとても楽しいよ」
「お邪魔にならなければ良いのですが。では失礼します」

 優雅に一礼すると、ザナトスは後ろも見ずに部屋を出て行く。
 ひるがえるローブを見送って、その姿が完全に扉の向こうに消えたことを確認すると、クワイ=ガンは大きなため息を吐いた。

 ザナトスは優秀だ。
 その才能を世に認めさせてやりたい。
 ヨーダや評議会がなんと言おうとも、ザナトスは立派なジェダイになるべき人間だ、とクワイ=ガンは信じている。

 だから、とクワイ=ガンは思う。
 だから己のつまらぬ劣情を悟られてはならない。
 時折見せるザナトスの艶かしさに心がざわめく自分が許せない。

「もっとしっかりしなければ、な」
 ザナトスに抱く感情を殺さなければならない。
 愛するザナトスの未来を考えれば、それはあまりにもたやすい試練だった。

 ザナトスを立派なジェダイに。
 そして彼と、彼を見出した自分を否定する者に認めさせてやらなければ。

 ザナトスのことを。











 クワイ=ガンの部屋から戻ったザナトスは、唇を噛んでこぶしを固く握って肩を震わせていた。
 柔らかいベッドにそのこぶしを打ちつける。

「マスター……」

 優秀だ、と言われるたびに。
 ……嬉しい。
 ……辛い。

 誇りに思う、と言われるたびに。
 ……疼いてしまう。
 ……突き放される。

 何度否定しようと思っただろう。
 何度否定しようと試みただろう。

 けれどマスターの顔を見るたびに、その大きな手のひらに触れるたびに。

 心の奥から、体の中から、どうしようもない熱がこみ上げてくるのを、抑えられない。

「マスター……」

 助けてください、助けてください。
 私の心の中に、何かが潜んでいるのです。
 得体の知れない化け物が、底の知れない噴火口が、私の中に息を潜めているのです。

 助けてください。
 私を助けてください。

 助けて……。

 マスター。




   <<END>>



いぇ〜いクワザナ〜v ザナトス大好き! ザニーは(愛称で呼ぶな)マスターのことが大好きなんだけど、ほんとは抱いて欲しいんだけど、プライドも高いしマスターの信頼も損ねたくないしで、ストレートに「抱いてください」って言えないのです(そりゃ普通言えないよな)。マスターもザナトスにはときたま「うっ」ってなるんだけど、優秀なパダワンの未来をつぶすのは嫌なのであっさり我慢しちゃいます。でもまさかザニーも同じ感情で、しかも自分より激しく苦しんでいるとは思わなかったのね。マスターがザナトスの苦しみから目を背けずにいてくれたら、ザナトスももっと楽に生きられたのだと思います。
「あいつは私からすべてを奪って、私には何も与えなかった」というJAのザナトスの言葉を深読みして。


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