遠くあなたと、知らない星で |
「ジェダイ聖堂の空気を吸うのも、久し振りですね」 後ろをカルガモの雛のようにちょこちょことついて来ながら、オビ=ワンが嬉しそうに言った。 「そうだな。本当にまったく久し振りだ」 久し振り、という言葉が決して誇張でも何でもないことを思い、クワイ=ガンは渋い顔をする。 今回の任務はひたすら長かった。いや、任務それ自体はたいしたことではなかったのだが、終わらせてコルサントへ戻ろうとすると、 「すまないが、その近くの惑星で緊急の任務を頼みたい」 それを済ませて報告すると、代わりに、 「それなんだが、また急な仕事が入った。なに、そんなに遠い惑星ではないから、頼めないだろうか?」 ……などと次々に仕事が入ってくる。結局代わる代わる押しつけられた仕事の数は片手の指では数え切れないほどで、ようやくコルサントに帰り着いたときはもう身も心もくたくただった。 (メイスの奴……ただじゃ許さないからな) そのたらい回し的仕事の原因がメイスのミスにあるであろうことは予想がついた。 なにしろコルサントと通信を取るたびに代わる代わるジェダイマスターが出ては次の任務を伝えるのだが、メイスだけは一度もモニターに出たことがなかったのだ。 おそらくはジェダイをそれぞれの任務に振り分ける過程でミスして、可動人員に不足が生じたに違いない。それをクワイ=ガンに尻ぬぐいさせようとしたのだろう。 コルサントに着いて呼び出しをかけてきたのがメイスであることを考えると、どうやら個人的に詫びでも言うつもりなのかも知れない。 どんな見返りを要求しようかと道々考えながら事務室へと向かうクワイ=ガンをよそに、オビ=ワンは久し振りのコルサントを嬉しそうに見回している。 代わり映えなどしないけれども、やはりここへ戻ると落ち着く。 「マスター、次の任務はどこでしょうね」 後ろから不意にそう言われて、クワイ=ガンは目を丸くして我がパダワンを振り返った。 「次? お前まさか、またすぐ任務に追いやられると思っているのか?」 「え、違うんですか?」 オビ=ワンはきょとんとして問い返してくる。 「師弟揃って来なさいって、マスター・メイスがおっしゃったんですよね? 次の任務のお話じゃないんですか?」 無邪気に言うパダワンに、クワイ=ガンは頭を抱えた。 このところ続いた任務の数珠繋ぎにすっかり順応してしまったこのパダワンは、さらに次の任務が与えられるつもりになっているうえ、しかもそれに文句がないらしい。 (……無邪気もここまで来ると身を滅ぼしかねないな) 休むという言葉を彼の辞書にしっかりたたき込んでやらなければ死ぬに死ねないな、とクワイ=ガンは思わぬところで誓いを立てることになった。 「とにかく、私は断固として休みを取って、しばらく仕事はしない。そのためにこれからメイスと戦う。分かったか、パダワン?」 視線を合わせ、真剣な顔でオビ=ワンに言い聞かせる。 万一メイスが次の任務、などと言い出したら師弟揃って断固戦う姿勢を見せなければいけない。ここは力を合わせ、足並みをそろえて長期休暇を獲得するのだ。 「そんな……いいんでしょうか……」 あれだけ働かされながらまだ己の権利を主張することにためらうオビ=ワンを哀れに思いながら、クワイ=ガンは力強く言った。 「とにかく! 引いてはいかん。お前は私の言うことを聞いていなさい」 「は、はいっ」 こうして気合い十分の師弟はメイスの待つ事務室へと向かうのであった。 「ご苦労だった、クワイ=ガン。それからオビ=ワン」 メイスの執務室は様々な資料と共和国中の問題が文字通り山積みになっている。その間から思慮深そうな視線を覗かせて、メイスは師弟にねぎらいの言葉をかけた。 「ああ、今回は少々予定が狂ってな」 何でもないという風を装って言葉だけは軽く返し、クワイ=ガンはメイスにフォースの圧力をかけた。それを平然と受け流し、メイスはコンピュータの向こうから悠然と姿を現す。 「そのようだな」 クワイ=ガンが提出した分厚い報告書に目を通しながら、メイスは平然と頷いてみせる。 (その報告書の厚みを思い知れ) もうこれ以上の任務が来ないよう切実に祈りながら、最後の帰路でまとめた報告書だ。 細かいところまで詳しく報告し、行間を空け、改行を増やし、見た目にも尋常でない厚さの報告書ができたときには我ながら満足した。ディスクではなくわざわざアナログの報告書にしたのは、見た目だけで自分たちの今回の苦労を評議会に知らしめようというクワイ=ガンのささやかな報復である。 そのクワイ=ガンの苦労の結晶を事も無げにパラパラとめくり、メイスは別段どうという感慨もなさそうにデスクに置いた。 「さて、今日来てもらったのは他でもない」 メイスの言葉に、クワイ=ガンの眉がぴくりと動く。次に何を言われるか、場合によってはきつい交渉も辞さない覚悟だ。 しかし身構えるクワイ=ガンをよそに、メイスはふっと表情を和らげた。 「予定にない仕事が続いて疲れただろう。お前たちには少しゆっくりしてもらおうと思ってな」 意外な言葉に、クワイ=ガンは一瞬我が耳を疑った。普段からもっと働け働けとうるさいメイスが、「ゆっくりしてもらおう」と言ったのか? 疑りの眼差しを向けるクワイ=ガンを無視して、メイスは後ろに控えているオビ=ワンに向かって優しく微笑んだ。 「存分に疲れを癒してもらおうと、休暇のプランを用意しておいたよ」 「えっ、マスター・ウィンドゥがですか?」 「気に入ってもらえるといいのだが」 メイスは白い封筒をクワイ=ガンではなくオビ=ワンに手渡した。 見上げて「いいんですか?」と目で問うてくるパダワンに渋々頷いてやると、嬉しそうに開封する。 「…………切符?」 「惑星ネスノだ。今時分は真冬で非常に寒いが、温泉が豊富だ。短くてすまないが、気持ちだけでもゆっくり浸かって来るといい」 「温泉!」 オビ=ワンは思わず声を上げそうになり、マスターが渋い顔をしていることに気付き慌てて口をつぐんだ。 「短い……?」 オビ=ワンを制し、クワイ=ガンが真顔で問う。 メイスは不機嫌そうなクワイ=ガンとは極力視線を合わせないようにしながら、オビ=ワンに語りかける。 「一週間、楽しんで来なさい」 「そんなにゆっくりしてきていいんですか?」 しまった、と思ったがもう遅かった。 無欲なパダワンは一週間の温泉旅行ですっかり懐柔されてしまっている。 あれだけの苦労をたった一週間の休暇でごまかされてたまるか、とクワイ=ガンは内心焦ったが、話はメイスとオビ=ワンの間で着々とまとまろうとしている。 「温泉が好きだったろう、オビ=ワン」 「は、はい。わざわざ用意して下さったのですか?」 手の中の旅行切符を大切そうに撫でながら、オビ=ワンが尋ねる。メイスは珍しく微笑を絶やさない表情で、優しくオビ=ワンに返答していた。 「私の知人がよい温泉を知っているというのでな。宿も静かなたたずまいで料理も美味しいらしい」 「本当ですか?」 「ああ、風呂も露天だということだ。しかも今の時期は何かいいものが見られると言っていた」 「うわぁ〜、何でしょうねぇ」 「さぁな。しかし彼はとてもすばらしいものが見られると保証してくれたぞ。帰ったらお前が見たものを私にも報告してくれるか?」 「はいっ」 快活に答えるオビ=ワンに我が身の敗北を感じるクワイ=ガンだった。 (やられた……!) これがメイスの作戦だったと気付いたときにはもう遅い。オビ=ワンと一緒に来い、と言ったのはこういうことだったのだ。 (おのれメイス、許すまじ) 向こうから休暇の話を出してくるなど、怪しいとは思ったのだ。オビ=ワンが喜びそうな(そして今回の苦労を考えると明らかに割に合わない)褒美を用意しておいて、クワイ=ガンに文句を言う隙を与えないつもりなのだろう。 クワイ=ガンにしてみればあれだけ働かされて一週間の温泉旅行では子供騙しにも程がある。 せめて二週間の休暇と、惑星観光名所巡り、それにボーナスにも色を付けてもらわないことには話にならない。 「オビ=ワン」 このままではメイスの思うつぼだと慌てて口を挟むと、パダワンは期待に胸を膨らませてすっかり温泉気分になった目をマスターに向けた。 「何が見れるんでしょうね、マスター!」 「あ、ああ……」 「一週間も温泉ですって。嬉しいですねっ」 「あ、ああ……」 メイスがにやりと笑う。すでにクワイ=ガンに反撃の余地はなかった。 内心歯ぎしりして、しかし喜んでいるパダワンの興趣を削がないように、クワイ=ガンは笑顔を作る。 「オビ=ワンは温泉とか好きだな」 「ええ、ゆっくりできていいですよね」 どういう訳かこのパダワンはひなびたところで老人なんぞに混じってのんびりするのが好きらしい。 温泉とか植物園とか、どう考えても繁盛してそうにない行楽地に行きたがる傾向がある。さびれた観光地の観光協会が聞いたら泣いて感謝してくれそうな奇特な若者なのである。 目を輝かせて喜ぶパダワンにはこれ以上何を言っても無駄かも知れない。 (まぁ……オビ=ワンが喜んでいるから仕方ないか……) 渋々頷き、とにもかくにもオビ=ワンが喜びそうな休暇をセッティングしてくれたメイスに(不本意ながら)感謝せざるを得ない。 「早速旅行の用意しましょうね、マスター!」 「ああ。じゃ、メイス……」 今にも飛び出していきそうなパダワンを押さえて、クワイ=ガンはあいさつもそこそこに部屋を出ようとした。 「クワイ=ガン」 「何だ?」 封筒の中身をためつすがめつしているパダワンをちらりと横目に見て、メイスがそっとクワイ=ガンを捕まえる。 その耳元に二言三言、何かを囁いていたのをオビ=ワンは知らない。 (温泉……マスターとゆっくり……) オビ=ワンはどんな場所であれ、クワイ=ガンと一緒にいる時間が何よりも嬉しい。そして誰にも邪魔されない、静かな場所ならなお嬉しい。温泉はクワイ=ガンとの時間を心ゆくまで堪能できる大好きな場所だ。 ここのところマスターと共に過ごす時間が少なかったので、この一週間はしっかり楽しんでこよう、とオビ=ワンは旅行切符をいとおしそうに指先で撫でた。 「クワイ=ガン」 「何だ?」 「帰ったらまた仕事だが、悪いな」 「まったくだな」 「露天風呂貸し切りの部屋をオーダーしておいた」 「……そうか」 クワイ=ガンは表情ひとつ変えず、メイスを一瞥するとそのまま部屋を出て行った。ドアの向こうに消えていく後ろ姿を見送って、メイスは腕を組み満足そうに頷く。クワイ=ガンはメイスの言わんとすることを理解してくれたようだ。 「ま、あのアウトローにはこれくらいがちょうどいいだろう」 帰ってきたらまたこき使ってやる、とメイスはジェダイ派遣予定表をめくりながら独りごちた。 船を下りると、一面モノクロで統一された単純な風景が広がっていた。 惑星ネスノは自然の美しい星だと資料には書いてあったが、冬に当たる今はどうやらその限りではないらしい。木々は葉を落とし、生き物は冬眠に入って、目に映るのは山と凍り付いた川、そして枯れたようなみすぼらしい森ばかりである。そしてそのどれもが雪で覆われている。 「……静かですね」 さすがにひなびすぎだと思ったのだろうか。オビ=ワンは苦笑してクワイ=ガンを仰いだ。道中クワイ=ガンが心なしか不機嫌そうだったのも少々気になっている。 「そうだな。まあ、のんびりするにはいいんじゃないか?」 クワイ=ガンはローブの前を寒そうにかき合わせて、扉の開いたエアボートへと向かっていった。 「そ、そうですよねっ!」 同意してくれたことに安心したオビ=ワンは、白い息を吐きながらその後ろについて行く。 オビ=ワン自身は実をいうとこういう風情が大好きなのだが、クワイ=ガンの趣味に合わないだろうということは分かっていた。だからいつも自分だけが楽しい思いをしているのではないかと不安になるのだ。 空は真っ黒な雲が立ちこめ、暗い森をさらに暗くしている。旧式のエアボートは前照灯で道を照らしながら、ゆっくりと冬枯れの森を抜けていく。 森はしばらく行くと平野になり、そしてまた森へと入る。木立と雪景色が交互に窓の外に現れる。エアボートは単調な音を立てて上下に左右に揺れながら進んでいる。 取り立てて見るべきものもない旅路だが、カーエアコンの効いた暖かい車中でクワイ=ガンの隣に寄り添うこのひとときが、震えるほどに嬉しいと思うのは独り善がりな自己満足なのだろうか? 「マスター……」 寝言のように口ごもりながらつぶやいて、クワイ=ガンの肩にもたれかかる。白と黒の風景、心地よい車の揺れに、暖かな空気。そして隣には大きな体の、愛しい人。 オビ=ワンはうとうとしながら、今まで生きてきたのはこの瞬間のためだったのかな、などとばかげた空想に身を任せていた。 「オビ=ワン」 ため息と寝息の間のような柔らかな呼吸音を耳にしながら、クワイ=ガンはそっと小さな恋人の肩に手を回す。引き寄せるといかにも小さなその肩は、腕の中にすっかり収まってしまった。 そのはかなさに一瞬どきっとして、クワイ=ガンはオビ=ワンの存在を確かめるようにもう一度肩を抱く。 オビ=ワンは確かにここにいる。揺さぶられたオビ=ワンは夢心地でまた、寝言のように唇を開いた。 「しあわせ……」 寒くてさびしい星だからこそ、この温もりがいっそういとおしく感じられる。 (悪くはないが……な……) メイスの策にはめられたと思うと素直に喜べないクワイ=ガンだったが、どんな状況であれこんなに幸せなひとときを過ごせるなら、喜んで受け入れてもいいかも知れない。 「しあわせ……か……」 オビ=ワンの幸せが自分の幸せだとは思う。だからといってあれだけ無茶な任務の連続に対してこれだけの報酬ではあまりにも不当だろう。一体どんな宿に連れて行かれるのかは分からないが、それにしたって一週間はあんまりだと思う。 少なくとも、とクワイ=ガンは思う。この純粋培養聖堂育ちに、正当な権利の主張ということをたたき込んでやらなければ。 そんなことを考えるともなく考えていると、腕の中のオビ=ワンがいつしか本物の寝息を立て始めた。すう、すうという規則正しい呼吸を聞きながら暖かい体温を感じていると、クワイ=ガンもまた柔らかい眠りの中へ引き込まれていく。微かなエアボートの揺れに身を任せながら、二人の休暇はゆるやかに始まろうとしていた。 着いた宿は、山の裾野に文字通り広がるように建てられていた。雪をさばく立派な山を背景に平屋建ての建物が幾棟も並び、それを屋根のついた渡り廊下が繋いでいる。正面から見ると左右に羽を広げて大地に降り立った巨大な鳥のようだ。随所から湯気の柱が立っているのは、おそらく露天風呂だろう。 「面白いですね」 まだ頭の芯に眠気を残したままのオビ=ワンが、不思議そうに辺りを見回す。空は相変わらずどんよりと黒く曇り、白い雪を載せた宿の建物も静かに沈んで見える。二人はその中へ、案内されるがままに入っていった。 「あれは衣装ですよね?」 「おそらくそうだろうな」 案内する背の低いネスノアンは、ローブのような布をおそらく十数枚ほど重ねて着ているのだろう、裾を床に引きずって二人の前を行く。そうして着るのが習わしなのだと知って、オビ=ワンはつい「引きずってますよ?」と注意しそうになった手を止めた。 廊下はガラス状の板で覆われ、雪景色が綺麗に眺められた。が、こう暗くてはどうにも情緒がない。丁寧に造られた庭のあちこちに明かりのような設備を見つけたが、それを点ける様子はないようだ。あれを点ければもっと綺麗だろうに、とオビ=ワンは思った。どういうことだろう、と首をかしげる。 「マスター、どうしてこんなに暗くしているんでしょうね?」 「さぁな。まあ歩くのに支障はないからかまわんだろう」 別段気にする様子のないクワイ=ガンに、そうですけど……とオビ=ワンは不平そうに口をつぐんだ。マスターは豪華な雰囲気を演出するときは明かりだ調度だとかなりうるさいことを言うのだが、こういうさびれた場所ではあまり細かいことは気にしないようなところがある。 どんな環境でも文句を言わずにいるあたり、あるいは任地に赴いているのと同じ心構えでいるのかも知れない。 そう思うとオビ=ワンは少し寂しくなった。 「こちらになります」 重そうな着物をしずしずと引きずったネスノアンが通してくれたのは、長い廊下を何度も折れて行った先の一棟だった。 それだけで一軒家と言えなくもない棟が、すべてひとつの客室なのだという。 「ここ……全部ですか」 「はい、ごゆっくりおくつろぎ下さい。ご用の際にはこちらの呼び鈴でお呼び頂ければいつでも参りますので」 食事も持ってくる、風呂もトイレもリビングも寝室も何もかも揃っているこの広い客室で、果たして呼び鈴を鳴らす機会があるのだろうか、とオビ=ワンはあきれてしまった。 「マスター、遊戯室まであります」 「なかなか豪勢じゃないか」 高級な材料で作られたビリヤード台やデジャリックの盤など、インテリアとしても見劣りのしない遊具が揃えられた一室を見て、クワイ=ガンも少しは感心したらしかった。 「なんかスゴイですね……」 ここまですごいと逆に気後れしてしまう。オビ=ワンは任地で豪奢な待遇を受けることはそれこそ任務と割り切って受け入れるようになったが、元来清貧を旨とするジェダイ聖堂の育ちだ。どうもこういう豪華な雰囲気にはなじめない。 逆にクワイ=ガンは育ちは聖堂でも、こういう雰囲気を自然と好むところがあった。宿の造りといい、通された部屋の雰囲気といい、そう田舎だとばかにするほどのこともないかも知れない。 これはこれで贅沢なものだ、とサイドボードに並べられた酒の瓶を横目に見ながらクワイ=ガンは独りで頷いた。 「まあ、ゆっくりくつろぐとするか。オビ=ワン」 機嫌を直したらしいクワイ=ガンは、一通り部屋の構造を見渡すと、オビ=ワンを手招いた。 「来い、お前の好きな温泉があるぞ」 「えっ」 珍しい植物の化石で作られたデジャリックの駒を弄んでいたオビ=ワンは、マスターの元へと飛んでいく。 美しい丸い形の鏡台が置かれた部屋からは直接外へと出られるようになっており、そこには大きな池と見まがう露天風呂が設けられていた。生け垣で仕切られた庭とその湯壺はこの部屋専用になっているらしく、また隣の客室も木枯らしの向こうに遠く見えるばかりで、誰を気にすることなくくつろげるようになっている。これも土地が余っている惑星ならではの贅沢さだ。 「早速、か?」 いそいそと脱衣所の籠を引き寄せるパダワンの様子がおかしくて、クワイ=ガンはくすくすと笑った。意地悪なマスターにむっとした表情を作ってみせるが、うまくできずにオビ=ワンもつられて笑ってしまう。仕方なく素直に頷くと、ローブを肩から落として傍らの衣架に掛けた。 「そのために来たんですから」 マスターも、と催促するとクワイ=ガンは苦笑しながら自らのローブを脱ぎ始める。 二人はこれまでもたびたび温泉に来ているが、なぜかいつもオビ=ワンの方が脱ぐのが早い。いつも恥ずかしくなって先に浴室に飛び込んでいくのがオビ=ワンの常だった。自分が裸で待っていることよりも、マスターが次第に肌を見せていく様子を見ていることの方がずっとずっと恥ずかしい。 クワイ=ガンの体はオビ=ワンよりずっと大きく、肩も腕もがっしりと逞しい。その広い胸を見ているだけでその中に抱かれるときのことを思い出してしまい、ついオビ=ワンの頬には赤みが注してしまうのだ。風呂に入ろうというときにそんなやましいことを考えている自分を恥じて、オビ=ワンはさっと扉を開け外へ飛び出した。 「うわっ寒っ!」 外は一面の雪景色だ。庭は生け垣で囲われているものの、その向こうは山際までずっと遮るもののない平野が広がっている。鳥肌の立つ腕を抱えて、オビ=ワンは湯気を立てている湯壺まで慌てて走った。冷えかけた足先を入れると、痺れるような熱が一瞬脳天まで駆け上がる。 「うわっ熱っ!」 「おいおい、大騒ぎだなパダワン」 湯を跳ね上げて熱い熱いと騒いでいるオビ=ワンを、脱衣所から揶揄する。休暇というとどうしてこう、我がパダワンは普段の落ち着きをすっかりなくしてしまうのだろう。クワイ=ガンは苦笑して脱いだ着物を籠に入れた。 オビ=ワンは聖堂でも任地でも、折り目正しいパダワンとして知られている。礼儀正しく、おとなしく、言われたことはそつなくこなし、そして頑張り屋だ。それが休暇だ旅行だとなると、途端に子供っぽい一面を見せるようになる。大はしゃぎして見るものすべてに興味を引かれ、嬉しそうに声を上げて飛び回る。あまり人のいないさびれた場所で休暇を過ごすことが多いので、多少なら羽目を外してもかまわないのだが。 ……それともオビ=ワンは、「だからこそ」人気のない旅行先を選ぶのだろうか? (まぁ、オビ=ワンが楽しそうに笑ってくれればそれでいいんだがな) 誰にも見せない顔をこうして自分だけに見せてくれている、と思うと、それはそれで嬉しくなるクワイ=ガンだった。それは他でもない、クワイ=ガンと過ごすプライベートな時間にオビ=ワンが心を許している証拠でもあるのだから。 「さて……」 裸になり扉を開けると、氷点下の空気が肌に突き刺さるようだ。ぶるっと身震いして、オビ=ワンの待つ湯壺へと大きく足を踏み出す。 「あーっ」 「ん? どうかしたか?」 突然オビ=ワンが大声を上げたので、クワイ=ガンは驚いて後ろを振り返った。しかし誰がいるわけでもない。 「何だ、驚かすな」 あきれて見返すと、オビ=ワンは今度はそっぽを向いて湯気に埋もれている。 さては謀ったな、とクワイ=ガンは子供じみたオビ=ワンの悪戯に内心苦笑して、大股で我が弟子に近づいた。 「こら、パダワン」 「………………」 「こら、返事をしなさい」 「………………」 足を湯に浸けると、熱い痺れが体を走る。小さく震えて、クワイ=ガンは肩まで浸かっているパダワンに近づいた。 すると、オビ=ワンがつつー、と湯船の中を逃げていく。もうすっかり遊ばれているのだと思ったクワイ=ガンは、面白半分にそれを追いかけた。 「パダワン、こっちを向きなさい」 「……ダメです」 「ダメじゃないだろう、ほら」 右に左に、広い湯船の中を逃げ回るオビ=ワンを追いつめると、冷えた両腕を広げて後ろから抱きついた。 「きゃああ〜っ!」 その途端、悲鳴のような声を上げてオビ=ワンが飛び上がった。そこまで反応するとは思わなかったクワイ=ガンも驚いて思わず手を放してしまう。 「お、オビ=ワン?」 「ひあああっ!」 両手をばたばたさせて逃げようとするオビ=ワンを再び捕まえて、一体この弟子はなぜこんなに大騒ぎしているんだ?とクワイ=ガンは首をかしげた。 「おい」 「わああああっ」 「おい、パダワン」 「あああああっ」 「落ち着きなさい」 ぐっと強引に顎をつかみ、覆い被さって唇を重ねる。親指を奥歯に噛ませ、半ば無理矢理開かせた唇に舌を入れて口内を侵す。 荒い息の漏れる喉を塞ぎ、舌を愛撫してオビ=ワンを絡め取る。貪るようなキスは、腕の中で暴れているパダワンが次第に力を失い、黙ってされるがままになるまで続いた。 「ん……」 やがて力無くクワイ=ガンの腕に体を預けたオビ=ワンは、潤んだ目で自分を支える人を見上げた。すっかり茹で上がったオビ=ワンの顔は真っ赤になり、唇からは切ない吐息が漏れている。いつもはほっそりと白いうなじも、今は濃い桜色に彩られている。形の良い鎖骨と、ぷっくり膨らむ胸の蕾も温かそうな湯気を立てて上気している。 (美味しそうだな、オビ=ワン) 口にしたらきっと逃げられるだろう感想を、こっそり心の中で呟く。視線の交わったオビ=ワンが恥じらうようにわずかに目をそらすのも、堪らなく色っぽい。 (しかしこんな時に欲情したらオビ=ワンは怒るだろうなぁ……) せっかく温泉でのんびりしようというのだ。確かに夜になったらしっかり美味しい思いをさせてもらうつもりのクワイ=ガンだが、宿について早々ではオビ=ワンもさすがにあきれるだろう。 「せっかくの休暇なのにそればっかりですか?」などと言われようものなら、しばらくの間はオビ=ワンの体に触れる気さえ失せるかも知れない。 小さな恋人を常にリードしていきたいクワイ=ガンとしては、飢えた表情など見せたくなかった。 しかし腕の中の美味しそうな恋人ときたら、言うなれば「できたて熱々」の有様だ。 (どうしろというのだ……) 目の前のごちそうを眺めて一瞬言葉に詰まるクワイ=ガンだったが、誘惑に勝てずその首筋に唇を寄せた。温かい肌に触れ、舌を這わすと柔らかな滴が甘く感じられる。かすかにオビ=ワンの匂いのする湯の滴を味わって、肩口に小さくキスの痕を残した。 「あ……っ」 ひくん、とオビ=ワンが震える。クワイ=ガンは「おや?」と思いながら、さらに強く朱に染まった肌を吸い上げた。 「ああっマスタ……ッ」 悪くない反応だ。ちょっと意外に思ってオビ=ワンの顔をのぞき込むと、潤んだ目が物欲しげに見上げてくる。わざと意地悪な笑みを浮かべて、 「何だ、欲しいのか?」 冗談めかして言ってみると、オビ=ワンはさっと顔を赤らめて視線をそらした。 (なんだ、いいのか) どうやらオビ=ワンもその気になってくれているらしい。ならば、とクワイ=ガンはオビ=ワンの下肢に手を伸ばし、欲望に触れた。 「んあっ」 「……と、もうこんなにしていたか」 湯の中で握ったオビ=ワンのそこは今にも弾けそうなまでに固く張りつめていた。温泉の熱なのか否応なしに上がった体温なのかは判然としないが、手の中のオビ=ワンはひどく熱かった。 湯の中で少しぬめるそれを擦り上げると、オビ=ワンが小さな悲鳴を上げた。クワイ=ガンの肩にしがみつき、首筋に柔らかく歯を立ててくる。 「ますた……」 「よしよし、イイ子だ」 若いオビ=ワンの体はいつも体温が高い。寒い星で熱い湯に腰を下ろしながら、燃えるような体を抱き寄せている贅沢を、クワイ=ガンは当然の権利のように貪った。 水面下で擦られてオビ=ワン自身はすぐ達してしまう。 「ああっだめっ!」 「達きなさい」 体を震わせ、クワイ=ガンの手の中に欲望を放つ。湯に混じるそれを手のひらですくうと、クワイ=ガンはわざと見せつけるようにそれをオビ=ワンの目の前にかざして、舌を這わせた。白濁した体液が温泉に混じり、クワイ=ガンの指から腕へと流れていくのを、オビ=ワンは眉根を寄せて見つめた。クワイ=ガンの唇から零れて顎へ流れたそれに顔を寄せ、舌を伸ばして舐め取る。 「ん……」 自ら放った欲望を拭う行為に、オビ=ワンの芯が熱くなる。荒い息を吐いてクワイ=ガンの腕に舌を這わせるオビ=ワンは、こんなにも自分の内部に獣が棲んでいることを初めて思い知っていた。 (マスターの体を……僕はそんな風に見てる……) 湯煙の向こうにクワイ=ガンの姿を認めたとき、オビ=ワンは思わず声を上げてしまった。当然のことながら一糸纏わぬ姿で現れたクワイ=ガンは、黒く重々しいローブとチュニックを脱いでさえなお大きく見えた。 広い肩幅に、鍛えられた両腕。それだけでオビ=ワンは息を呑み、目をそらしてしまう。見るともなく見てしまった下肢の逞しさがいっそうオビ=ワンを煽り、まるで火がついたように頭の芯がかっと熱くなった。 しかし当のクワイ=ガンは、自分の肉体がそんな風に我が弟子を扇情しているとは思わないらしい。父親のように平然と近づいてくるクワイ=ガンに、申し訳ないほどの羞恥を感じてオビ=ワンはこそこそと逃げ回った。 「マスター……」 普段はまじめぶっているパダワンが師の肉体にこれほど狂わされていると知ったら、クワイ=ガンは何と思うだろう。考えるだけで身震いがする。 それなのに。 「ん……」 「ふふ、可愛いな」 自らの欲望をすっかり舐め取り、飲み下してなお指にしゃぶりついて離れないオビ=ワンを、クワイ=ガンは目を細めて満足げに眺めた。中指と人差し指を二本とも口に含むオビ=ワンの表情は恍惚として、ちゅくちゅくと音を鳴らして吸う様もいやらしい。 「私の指が美味しいのか、オビ=ワン?」 いくらか意地悪な響きを含んだマスターの声は、取り方によっては嘲笑のようにも聞こえる。自らの淫らな欲望を師の前にさらけ出して、オビ=ワンはそんな自分の立場にさえ欲情していた。 (こんなの……こんなのって……) 長く続いた任務の合間に、肌を重ね合う満足な時間を取れなかったせいだろうか。そのせいで、オビ=ワンの若い体には自分でも驚くほどの欲望がたまっていたのだろうか。体の疼きに耐えかねて、オビ=ワンはまたがっているクワイ=ガンの太股に腰をこすりつけた。 (これじゃ……本当にけだものみたいだ……) 惨めな思いに歯を食いしばる。泣きそうになりながら、それでも体が止まらない。咥えた指を口内で動かされ、犯される疑似感覚に体がいっそう熱くなった。 見上げたその向こうに、愛しい人が映る。髪を解いて無造作に肩に流しているその素顔が堪らなく好きだと感じた。 「マスター……好きです……」 息苦しさに喘ぐ魚のように上を見上げて、声を絞り出す。これ以上まともな言葉は、自分の口からは出そうになかった。胸の中に足りない酸素のような何かを求めて、オビ=ワンは喘いだ。 見下ろすクワイ=ガンは少し首をかしげ、それからにやりと笑うとオビ=ワンに優しいキスを与える。 「私もだ」 その一言が、泣きたくなるほど嬉しい。オビ=ワンは何度も首を振って頷くと、逞しい胸に顔をこすりつけて甘えた。 「好き……好きなんです……マスター……」 全身で「好き」と訴えられて、クワイ=ガンの芯にもまた疼きが生じる。すり寄ってくる小さな恋人の体を抱え、腰に手を滑らせた。 「あっ」 湯の下で片足にまたがっているオビ=ワンの腰が、恥ずかしそうに揺れる。水の中ではいつもと違った感触があり、吸い付くような肌触りの代わりに丸いお尻の形がいっそう可愛らしく感じられたその谷間に指を割り込ませると、オビ=ワンは震えてクワイ=ガンの首筋にしがみついてきた。 「ますた……そこ……っ」 「分かっているよ、イヤラシイ私のオビ=ワン」 オビ=ワンの中心に指をねじ込み、入り口から次第に奥へと割り広げていく。与えられる刺激に身をよじって、オビ=ワンはクワイ=ガンの広い胸の上に舌を這わせた。 「ん……ふう……っますた……」 ちろちろと舌先を使って愛しい肉体を愛撫するオビ=ワンの表情はこれ以上ないほど精一杯といった感じで、堪らなく愛しく思う。内部を指先で擦ると、びくびくと強く締め付けて腰をひねる。 「んあっ」 追いつめられた顔でいやいやと首を振るオビ=ワンは、しかしただ行為を受けるだけではない。湯壺の下に浸かっているクワイ=ガン自身を手で握り、懸命に擦り始めた。 「んっ」 「ますた……ぁ……」 あの、汗ばんだ手に擦られる刺激とは感覚が違う。水の中で握られる新鮮な快感に、クワイ=ガンも眉間にしわを寄せてオビ=ワンの体をぐっと引き寄せた。 「あっ」 二本目の指を挿れられて、さらなる圧迫感にオビ=ワンが喘ぐ。湯煙の中で身をよじらせ、獣のような息を吐いて、オビ=ワンは堪らず声を上げた。 「マスターッ……もっ、もう我慢できな……っ」 「淫乱だな、私のパダワン」 耳元にねっとりと声を吹き込んでやると、ぞくぞくとオビ=ワンの肌が粟立つ。 そんなことを言わないで、と懇願する代わりに、オビ=ワンの腰が淫らにうごめいた。にやりと笑うと、クワイ=ガンは水の中でゆっくりとオビ=ワンの中から指を引き抜いた。 「ひあっ」 体の中を引きずり出されるような感覚に、オビ=ワンが身悶える。濡れた犬のようにぶるっと体を震わせると、蕩ける瞳をクワイ=ガンに向けた。 「……ますた」 「おいで、私のオビ=ワン」 両脇でそっと体を支えてやり、少し意地悪な笑みを浮かべてオビ=ワンを見据える。居心地悪そうにちょっと体をよじったオビ=ワンは、それでも自分の欲望に忠実に、クワイ=ガンの腰をまたぐ。 手をクワイ=ガンのものに添え、腰を落としていく。顔を見られたくなくて視線を後ろにそらすが、顎をつかまれてまっすぐクワイ=ガンに向き合うよう姿勢を正された。 「……はあっ」 「ん……そうだ……そのまま……っ」 熱い湯壺の中で、それよりずっと熱いオビ=ワンの中に這入っていくのが分かる。切なそうに眉をひそめて熱い息を漏らしながら、オビ=ワンは少しずつクワイ=ガンを受け入れていった。 「あ……ああっ……」 「どうなっている? 教えてくれ、オビ=ワン」 わざと問うと、目を見開いて困ったように唇を噛むのが可愛らしい。腰をつかんで揺さぶると、堪らず声を上げた。 「ああっ」 「どうなっている、と聞いたんだ。答えられるだろう、オビ=ワン?」 「あ……は、い……っ」 クワイ=ガンの腰の上でよろけた体を立て直し、マスターの視線を正面から受ける。クワイ=ガンの強い視線が体の芯まで届くようで、オビ=ワンの体に力が入る。 「あの……オナカが……きゅってします……っ」 「それから?」 「あっ……あとは……あの……っ」 「お前がどうされているのか、その口で言ってごらん」 下から突き上げると小さな悲鳴を上げて、クワイ=ガンの肩に爪を立てる。鳥の足のように恋人の肩を鷲掴みにして、オビ=ワンは背を反らせると高く鳴いた。 「ああああーっ!」 もう堪らない。オビ=ワンは自ら腰を振り、激しく抽送を繰り返す。内部を抉る深い刺激を貪欲に味わって、水音を立てながら上下に動いた。深く自らを穿ち、浅く腰を引いて、オビ=ワンは声を張り上げる。 「ああっ……マスターの……挿入ってますっ……」 「どこに?」 「ぼ……僕のナカ……イヤラシイところに……ッ」 浅ましい己の言葉が、さらにオビ=ワンを煽る。加速する情欲を追い立てて、クワイ=ガンはオビ=ワンの両足を抱えて強く突き立てた。 「ああっ」 「ほら、どうされてる?」 「僕……ああっ……マスターに、マスターに貫かれて……すご……いっ……」 恥じらうことも忘れて卑猥な言葉を吐き出すオビ=ワンに、クワイ=ガンもまた欲望を煽り立てられている。 「いいか、オビ=ワン?」 「ああっ……イイ……イイですぅ……っ……僕マスターの熱いの……挿れられて……抉られてる……っ」 「オビ……」 目の前で精一杯跳ねるオビ=ワンの体は、水しぶきを上げてきらきらと輝き、まるで魚のようだ。解けたブレイドが湯煙に舞い、金色の滴を振りまいている。 「ああっ」 「……オビ=ワン」 腰の上で踊るオビ=ワンの体は桃色に染まり、白い湯煙をその身にまとってクワイ=ガンを激しく貪っている。欲に駆られる姿さえ美しいと思えてしまうのは溺れている証拠かな、とクワイ=ガンは苦笑した。 いや、ただ肉の欲に囚われているだけならオビ=ワンはこんな表情はしないだろう。 「マスター……ますたぁ……っ!」 「オビ……ワン……」 生真面目なオビ=ワンだからこそ、乱れる姿が愛おしい。性根のまっすぐなオビ=ワンがここまで自らの内部をさらけ出しているからこそ、美しいとさえ感じる。この小さな恋人がどんなにクワイ=ガンを愛しているか、精一杯体でそれを伝えようとしているようで、いじらしささえ感じた。 「あっあっ……あああっ」 内部を幾度も擦り、きつく締め上げて、オビ=ワンの声がうわずる。絶頂を捕らえようとしてオビ=ワンが浅く強く腰を押しつけてくる。 「くっ……オビ=ワン……」 クワイ=ガンも堪らず声を上げ、オビ=ワンの足を抱えて力任せに揺さぶった。 「あああっああああーっ!」 「……ん……オビ=ワン……ッ」 「ああああっマスターッ! マスターッ!」 水しぶきを上げてオビ=ワンが善がる。遮るもののない高い空に高く声を張り上げて、オビ=ワンはこみ上げる熱を解き放った。と同時に、クワイ=ガンも愛しい恋人の中に欲の証を注ぐ。 「オビ=ワン……」 「ああっマスター……ますた……ぁ……」 次第に甘く蕩けていくオビ=ワンの喘ぎ声を胸にぎゅっと抱いて、クワイ=ガンは静かに肩の力を抜いた。 宿に着いたときから変わらない、どんよりと曇った空を見上げて、オビ=ワンはぼーっと湯壺に浸かっていた。昼なのか、夜なのか、それさえよく分からない。部屋を探せば時計くらいあるのだろうが、どうでもいいことだ。ただ、昼なら太陽が見たいし、夜なら星が見たかった。 何も見えない黒雲を恨めしそうに見上げて、オビ=ワンは小さなため息を吐いた。 「どうした?」 体を洗ったクワイ=ガンがオビ=ワンの隣に入ってくる。大きく揺れる水面を所在なげに見ていたオビ=ワンは、湯をすくうと軽く顔を洗った。 「何にも見えないんですね」 「ん?……ああ、そうだな」 クワイ=ガンも空を振り仰ぎ、頷くとオビ=ワンの解けたブレイドに手を伸ばした。湯壺に広がる髪の毛を束ねて軽く引っ張り、指先でくるくると弄ぶ。 「星でも見えるといいんですけどね」 「ああ……でもそろそろじゃないか?」 「何がですか?」 不思議そうに尋ねるパダワンに、クワイ=ガンは悪戯っぽい笑みを向けた。首を横に振り、にやっと笑ってみせるだけで何も言わない。 「あー、何かご存じなんですね?」 「さぁな」 「ずるいずるい、またマスターばっかり……」 ちょっと怒って見せ、拳を振り上げて軽くクワイ=ガンを叩こうとする。笑いながら湯壺の中を逃げるマスターを追って右に左に動き回っていたオビ=ワンは、ふと、冷たいものが頬に当たったような気がして手を止めた。 「………………え?」 慌てて空を見上げると、空から何かがふわふわと降りてくる。それが額に、頬に当たって冷たく溶けた。 「雪?……え、え、でも……?」 オビ=ワンが当惑したのも無理はない。空から舞い降りる冷たいそれは、どれも深い紺色だったのだ。ほとんど黒に近い色のそれは、空から絶え間なく降り注ぎ、湯壺に落ちてインクのように青く溶けた。 「ま、ま、ま、ますたっ……これっ!」 「ああ、この地でも珍しい、黒い雪だそうだ」 クワイ=ガンは慌てることなくそう言い、しかしさすがに驚いたのだろう、感嘆の息を漏らして手のひらに受けた濃い青色の雪を眺めている。 「さっきお前が寝ている間、運転手に聞いたのだ。今夜あたり来るかも知れない、とな」 「そうなんですか……」 惑星ネスノでは年に一度だけ黒い雪が降る。水蒸気と共に鉱物の一種である青黒い物質の粒子が空へ昇り、一年かけてたまるのだそうだ。上流の特殊な空気の流れでこの黒い雲が集まり、鉱物を核とした黒い雪を降らせるらしい。 「体に悪いものではないそうだが、目に入ると少々刺激が……」 「痛っ」 「……あるそうだから、気を付けろよ」 言い終わらないうちに目を押さえたオビ=ワンに、クワイ=ガンは笑って湯を掛けてやる。目を擦ったオビ=ワンは、それでも懲りずに空を見上げた。 「おいおい、気を付けろよ」 「だってマスター、これって、これって……」 オビ=ワンは子供のように口をぽかんと開けて空から降る黒いものに見入っている。クワイ=ガンもパダワンの肩に手を回し、目を細めて空を見上げた。 真っ暗な空から、黒い雪がちらちらと舞い降りる。これはまるで……。 「まるで、空が落ちて来るみたい……」 オビ=ワンも同じことを思っていたらしい。暗い夜空が寒さに耐えかねて砕け、ガラスの欠片のように少しずつ降り注いでいるようだ。 「夜が、砕けたようだな……」 「すごいですね」 闇が降ってくる。未だかつて見たこともない光景に、クワイ=ガンとオビ=ワンは言葉を失ってじっと肩を寄せ合った。 舞い降りる黒い雪は庭に、そして湯壺に等しく降り、あたりを青黒く染めていく。長い時間を掛け、二人の浸かっている湯はやがて南の海のような青に変わっていった。 「不思議ですね……」 奇跡を目の当たりにした思いで、オビ=ワンが言葉少なに呟く。クワイ=ガンも黙って頷き、オビ=ワンの上に積もった闇を手で払い落としてやる。青い湯をすくって、オビ=ワンがため息を漏らした。 「すごいなぁ……」 闇は数センチほど積もって、そろそろ止む気配を見せ始めた。空から舞い降りる黒い雪はちら、ちらと最後のひと欠片を地上に降ろしている。 すると、大きな風が吹いた。 「わぁ……寒い……」 「肩まで浸かっていろ、オビ=ワン」 言われるまでもなく青い温泉に首まで浸かって、オビ=ワンは闇色の雪を吹き上げる突風から身を守った。するとまるでそれを合図とするかのように、再び空から何かが舞い降りてきた。 今度は手のひらに落ちる前にその正体が分かった。暗い空からでもはっきりと分かる、白い雪だ。 「マスター! 今度は、白い雪が……!」 「ああ……これは聞いていなかった……」 空に広がる暗雲から、ひらひらと白い粉雪が舞い降りてくる。地上を覆い尽くした闇をさらに白く塗り替えるように、雪は山にも野にも庭にも、そして青い温泉に浸かっている二人の上にもしんしんと降り注ぐ。 黒い雪の上に輝きが降る。わずかな光さえ集めて輝く白い雪は、きらきらと光の粉のように辺り一面に降り積もった。 「すごい……」 「雪というのは……綺麗なものだな……」 深く深呼吸するような気持ちで、感動を胸の奥で味わう。この不思議なひとときを二人で共有できることが、オビ=ワンには何よりも嬉しかった。クワイ=ガンの肩にもたれかかり、うっとりと空を見上げている。 そして光色の雪は砕けた闇よりも長い間、地上に降り注いだ。 さすがにのぼせてきたオビ=ワンは湯船から上がり、足だけを温泉に浸けて空を見つめていた。凍える風に体を吹かせていても、心まで暖まった体はちっとも寒いと思わない。 「あ……マスター……」 のんびりと青い温泉に浸かってくつろいでいたクワイ=ガンは、パダワンに揺さぶられて視線を上に向けた。雪を降らせた雲が晴れてきている。その向こうから、青白い光を放つ月が姿を現した。 「月だ……」 「ほぅ……月が二つか……」 雲は次第に晴れ、二つの月が空に懸かっているのが目に入った。暗闇に慣れた目には月光さえまぶしく映る。オビ=ワンは目を細めて、刻々と変化する空にじっと見入った。 「月……それにすごい星が……」 雪を降らせる雲が完全に晴れると、空はまぶしい二つの月、そして雪のように輝く満天の星空がその後ろに広がっていた。 「これでフィナーレか」 凍った空気を通して見上げる空には、月も星も凛として輝いている。瞬く星に見入るオビ=ワンの幸せそうな表情を見て、クワイ=ガンも心から満足した。 (悔しいが……今回ばかりはメイスの奴に感謝してやってもいい……か……) コルサントに戻ったばかりの自分に、オビ=ワンをこれだけ喜ばせる休暇がセッティングできたかと思うと自信がない。短い休暇でお茶を濁された恨みはあるが、うっとりと空を見上げるオビ=ワンを見ていると、やはりメイスに感謝せざるを得ないようだ。 (おとなしくあれの言うことを聞いていれば、私とオビ=ワンのこともごまかしてくれるしなぁ……) 別れ際に「露天風呂貸し切りの部屋をオーダーした」と言われたのは、すなわち「お前たちの仲を黙認する」ということだろう。 まるでメイスに弱みを握られているようで非常に不本意なのだが……というかいざとなればオビ=ワンとの仲も隠さず堂々と公表してもいいと思っているので、それは決して弱みにはならないのだが……今はともかくこれでいいのだから、あまりこだわらずに奴の策にはまってやろう、と思うクワイ=ガンだった。 「マスター、そろそろ熱いですー」 「ああ、上がろうか」 水面を足先でなぞっているオビ=ワンに返事をして、クワイ=ガンは湯船から立ち上がった。マスターを見上げたオビ=ワンが小さな悲鳴を上げる。 「ひゃっ」 「……オビ=ワン?」 「ななな、なんでもありませんっ!」 飛び上がるように湯壺から上がり、慌てて脱衣所へ走っていく可愛い後ろ姿を見送りながら、クワイ=ガンは苦笑を隠しきれない。 (またサカってるな……?) どうやら今日のオビ=ワンはクワイ=ガンの体を見るだけで心臓が跳ね上がるほど敏感になっているらしい。 (まぁ、夜はこれからだから……) 「な?」 空を振り仰ぎ、まだ昇り始めたばかりの二つの月に向かってにやっと笑ってみせる。長い髪から青い湯をしたたらせて、クワイ=ガンも部屋へ入っていった。 青い温泉と、白い大地を照らして、二つの月が綺麗に晴れ上がった空を静かに渡っていく。静かな星で過ごす一週間は、思う以上に長くゆっくりとした休暇になりそうだった。 <<END>> |
| 初めて出したSWのオフ本からです。今読むとまぁ丁寧に書いてますねぇ……。この頃はまだまだSF慣れしてなくて(今でも慣れませんけど……)、ただクワオビ書きたさに頑張ってた気がします。うーん、オビ=ワンってスピンオフとかではけっこうきかん気で怒りっぽいパダワンみたいに書かれてますけど、EP1を見る限り辛抱強くて品行方正、というイメージが強いんですよね。いまだにそのイメージで書いてるかもしれません。 やっぱりオフライン用の原稿をwebにアップするのは難しいです。 |