呪文     BY明日狩り


 「どうするんですか、こんな……」
「どうすると言って……どうかするしかないだろうな」

 ひそひそと声を潜めている二人の後ろで、そのご老人はおとなしく待っている。手には祈りのための道具だろうか、小さな木の実を糸で繋いだリングを持ち、足を曲げて小さく座っている。
 オビ=ワンは何も知らずに待っている素朴な老人に、ちらり、と視線を送り、またクワイ=ガンに小声でささやいた。

「ほら、待ってますよ。どうするんですか。僕らに分かるのはせいぜいジェダイ聖堂の訓戒とかであって、死者を慰める祈りの言葉なんて知らないんですからね?」
「まあ、待たせているのだから、仕方ないだろう」
「仕方ないって、どうするんですか」
「だから……どうかするしかないだろうな」
 クワイ=ガンは同じ言葉を繰り返して、平然としている。

(ああもう……信じられない……)
 困るどころか開き直っているマスターの態度に、オビ=ワンはため息を吐いた。










 とある辺境の星での任務の最中だった。
 光の少ないこの星では、昼間でも夕方程度にしか明るくならない。ましてや夜ともなれば、あまり開発の進んでいない星は真っ暗になり、月のない夜空と地平線の境目は真っ黒に溶け合ってしまう。
 そんな星で道に迷い、険しい山の中でようやく小さな家を見つけたのだった。

「すみません、道に迷ってしまったのですが」
 現地の言葉でそう語りかけると、小さく干からびたような現地の民が出てきた。一人暮らしの老人だろう。クワイ=ガンとオビ=ワンの姿を見て最初はかなり驚いていたが、それでも親切に
「それはおコマリでしょう。こんなトコロでよければ、おハイリください」
 と、中へ通してくれた。

 見知らぬ異星人を家へ入れてくれる類まれな親切に感謝しながら、師弟は好意に甘えた。

 中に入ると、まるで物置小屋のような粗末な家の一角に、食べ物や花の乗った台が置いてあった。テーブルにしては豪華だな、とオビ=ワンが首をかしげると、クワイ=ガンが
「祭壇……のようなものだろう」
 と耳打ちする。

(あ、なるほど……)
 それは確かに小さな祭壇だった。

「祭壇ですね」
 マスターよりはつたないが、オビ=ワンも片言の現地語で尋ねてみる。老人は首をぐるりと回して(それは人間がうなずくのと同じ意味らしい)、「そうです」と言った。

「ずいぶん昔に亡くなった、私のツレアイです」
「連れ合い……。だんなさんのことですか、マスター?」
「多分そんなところだろうな」
 クワイ=ガンは見知らぬ星の見知らぬ家でも、まるで自分の家のようにくつろいで座り込んでいる。ふてぶてしいマスターの態度に半ば呆れながら、オビ=ワンは物珍しげに祭壇を観察した。

 祭壇に気を取られているオビ=ワンを見て、老人が首をかしげた。
「もしかしてあなたたちはボウサマですか」
「ボウサマ……?」
「シュゲンシャさまとか」
「修験者…………。ああ、聖職者、ってことですね」
 そう言われればジェダイは確かにそういうものの一種かもしれない。クワイ=ガンは何気なく首をぐるりと回して、
「似たようなものです」
 と現地語で答えた。

 すると老人は一歩前へ出て、ぺったりと体を地面につけた。この星で何かを願うときの姿勢だ。
「坊様、今日はツレアイのメイニチなのです。何かオキョウを教えてください」
 いくつもついている老人の小さな目が、いっせいにオビ=ワンとクワイ=ガンを見つめる。

「オキョウ?」
「……呪文みたいなものだろうな」
「えーと、つまり、僕らに祭事を執り行えと?」
「そんなたいそうなことじゃないだろうが……まあ、似たようなものだろう」
「マスター、その『似たようなもの』で全部片付けるの止めてください」
 なんだか嫌な予感がする。オビ=ワンは眉をひそめて不満そうにつぶやいた。

 すると老人は木の実を繋いだ道具を取り出し、祭壇の前に立ってなにやら体を揺らし始めた。おそらく祈りの儀式なのだろう。師弟のほうを振り返り、こんなことを言う。
「ミジカイものでいいのです。オキョウをおしえてください」
「しかし……この星の言葉はよく分からないのです。残念ですが」
 それなりに流暢な言葉で、クワイ=ガンは丁寧に断った。日常会話くらいならどうにかなるが、祈りだとか呪文だとかいうところまではさすがに知りようがない。

 しかし老人はそれでもいい、と首を回した。
「アナタたちのコトバでもいいのです。私はツレアイをなぐさめるコトバを何も知りませんから、何か教えていただきたい」
「そうですか……」
 困ったな、という顔のまま、クワイ=ガンは体を起こした。
「ま、マスター!?」
「うむ、宿を貸してもらっているのに、お断りはできないだろう」
「でも、死者を弔う呪文なんて知ってるんですか?」
「知らん」
 一言で答えて、クワイ=ガンは祭壇の前に立つ。ジェダイ流に深々とお辞儀をすると、その前に座り込んだ。

(何をする気ですか、マスター!)
 慌てて後に続き、オビ=ワンも形ばかりは丁寧にお辞儀して、クワイ=ガンの後ろに座った。マスターが死者と向き合っているのに、パダワンが見ているだけというわけにはいかないと思ったのだ。

「…………では、我々の言葉で申し訳ないが、短い言葉を贈らせていただく」
「オネガイシマス、旅のヒト」
「うむ」
 堂々と祭壇に向かうクワイ=ガンは、確かにそれなりには見えた。が、いったい何を始めるのかオビ=ワンは気が気でない。

(さて…………困ったな…………)
 勢いで出てきたは良いものの、神に祈る言葉も死者に捧げる言葉も、何も知らない。クワイ=ガンは真面目腐った顔でしばらく祭壇を見つめていた。
 すると、祭壇の向こうの壁に小さな穴が開いていることに気付いた。
(ふむ…………)
 何気なく見ていると、そこから何かちょろりと顔を出した。何かは分からなかったが、握りこぶしくらいの小さな生物だ。

 クワイ=ガンは思わず口を開いた。
「オンちょろちょろお出ました」

(はあ!?)
 後ろではらはらしながら見ていたオビ=ワンは、すんでのところで声を上げるところだった。とっさに口をつぐみ、まん丸に目を見開いてマスターを凝視する。
(何ですかそれは!?)
 どう考えても、祈りの言葉ではない。第一この星の言葉ではないし、共通語ではあるがそれにしても意味がさっぱり不明だ。

 あきれるパダワンの視線を無視して、クワイ=ガンはまた口を開く。小さな穴からはさっきの小さな生物が頭を出している。
「オンちょろちょろ顔出した」

(だからそれは、呪文じゃないでしょう!)
 大声で突っ込みたいのをぐっと堪えて、オビ=ワンは後ろの老人をちらりと覗き見る。クワイ=ガンの言葉の意味も分からず、老人はまるでそれが祈りであるかのように小さく同じ言葉を繰り返して唱えている。
(ああああもうっ。ダメですよマスター!)

 クワイ=ガンはますます真面目な顔をして、生物の行方を見守っていた。また穴の中に引っ込んだのを見て、すかさず、
「出したと思ったら引っ込んだ」
 と声に出す。

 声に驚いたのか、生物は穴から飛び出すと家の物陰へと一散に走って逃げた。
「それ逃がすな追っかけろ」

 老人は正直に、同じ言葉を口の中で繰り返している。
「オンチョロチョロオデマシタ、オンチョロチョロカオダシタ、ダシタトオモッタラ……」
 呆れて物も言えず、パダワンは老人とマスターの間で硬直していた。

「……以上です」
 それきり生物の姿が消えたのを見て、クワイ=ガンは後ろを振り返った。
「ありがとうございます、旅のヒト」
 老人は再び体を地面につけ、丁寧にお礼を言った。
「いえいえ、たいしたことではありません」
 にこやかに言って、クワイ=ガンは無言で文句を言うオビ=ワンにウインクして見せる。



 翌朝。
 やはり夕方のような薄明かりだが、山を抜けることはできそうだった。
「それでは失礼します。本当にありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ。ありがとうございました」
 老人は深々と体を曲げ、二人のことを見送ってくれた。

「何とかなっただろう?」
 足場の悪い道を歩きながら、クワイ=ガンは事も無げに言う。
「なってません! 罪のない老人に、恩を返すどころか騙すなんて!」
 障害物を足で踏みつけて、真面目なパダワンは今度こそ大声を上げた。

「まあ、祈りなんて気持ちの問題だから、何でも良いんだ」
「でもあれはあんまりです!」
「…………私もちょっとそう思う」
「マスターーーーーーッ!!!」

(まったく、この人ときたらどこまでいい加減なんだろう)
 恩をあだで返すマスターに、怒っていいのか呆れていいのか、オビ=ワンは頭に血を上らせながら考えていた。





 そして、その夜のこと。

「まったく……なんて星だ……」
 すっかり暗くなった険しい山道を、一人の人間がさ迷っていた。未開発なこの星の政権を奪おうと企んでいた組織の一人で、ジェダイの師弟に追い回されているうちにこんな山奥に迷い込んでしまったのだった。
 ジェダイとの戦いで傷も負っている。もうこれ以上闇夜を歩く気力はなかった。

「お、明かりだ」
 男は真っ暗闇の中に輝く一番星のような光を見つけて、一目散に近づいて行った。光は粗末な山小屋のような建物から漏れている。

「原住民か。……うまい具合に見つけちゃったぜ。ククク……」
 腰につけていた武器を構えて、男は凶悪な笑みを浮かべる。中に何人いるかは分からないが、しょせんこの星の原住民だ。たいした武器も持っていない彼らを殺すことは簡単だった。

 男はそっと、入り口に忍び寄る。


 その途端、共通語で中から声を掛けられた。


「オンちょろちょろ、お出ました」

「!!!!!???????」

 あまりの驚きに、男は危うく手にした武器を取り落としそうになった。文化レベルの低いこの星の住民が共通語をしゃべることなどありえないし、見えない相手を感知するような高度な感覚器だって持っていない。 

(何だ、いったい!?)
 足音を忍ばせて、入り口の隙間からそっと中を窺う。
 その瞬間、また声を掛けられた。

「オンちょろちょろ、顔出した」

「!!!!!!???????」

 一瞬しか見えなかったが、しわしわに干からびた原住民が一人で座っていた。しかもこちらに背を向けて、複数あるはずの目は間違いなく反対側を向いていたはずだ。

 驚いて反射的に顔を引っ込めると、またもや中から声が。

「出したと思ったら引っ込んだ」

(な、な、な、何だコイツはーーーーーーーーーっ!!!!!?????)
 ありえないことが立て続けに起こって、男は完全に混乱していた。
 見えないはずなのに、見られている。
 こちらが理解できる共通語で、語りかけられている。

 ぞっとするような恐怖に駆り立てられて、男はあたふたと逃げ出した。もう何かを考えることもできない。
 真っ暗闇の山道よりも、得体の知れないこの小さな老人の方が何十倍も恐ろしかった。

 脱兎のごとく逃げ出す男の背中を、声が追いかけてくる。

「それ逃がすな追っかけろ!」

「ぎゃあああああああああっ!!!!!」

 もう気配を殺すことさえ忘れて、男は恐怖の叫び声を上げながら真っ暗な山の中へと飛び込んでいく。冷や汗をかいて手が滑り、武器を取り落としても拾う余裕もない。

 恐怖に顔を引きつらせてやみくもに走り回る男の足元が、急にぽっかりと抜けた。
「ぎゃああああああーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
 男はまっさかさまに落ちていく。深い谷は悲鳴ごと男を飲み込んで、やがて何事もなかったかのように沈黙した。



 後には、何も知らず、何にも気付かず、ただ教えられた「お経」を素朴に繰り返す小さな老人だけが残されていた。
「オンチョロチョロオデマシタ、オンチョロチョロカオダシタ、ダシタトオモッタラ……」






<END>



お久しぶりです。日付を見るとまる1年ぶりの更新……。オフラインにかまけた後、スタオズ放置プレイだったんですね……あわわ。こんなサイトでもちょくちょくカウンターが回っていて、大変申し訳ないです。久しぶりにスタオズで書けそうだったので書いてみました。クワオビあんまり関係なくてごめん。

これはそのまま、落語が元ネタです。エセ坊主がおばあさんに頼まれて断れなくなり、うそのお経を教えてあげるという有名な落語です。落語じゃなくて昔話? 知ってる人も多いかな……。マスターならやりそう、とか思って(笑)。

久しぶりに自分の書いた昔のファンフィク読み直してみたら、ヤッパリ文章がスラッシュ風ですねぇ。どうも英語の直訳くさい日本語になっていて笑えます。離れてみるというのもまた、面白いものだ。

このサイトもまる2周年経ったみたいで、感無量です。スタオズのお友達はあったかい人が多くて、来年こそは戻ってくるぞと心に誓っています。あああエピソード3、萌えるといいなぁ! せめて燃えるといいなぁ!