未来の記憶     BY明日狩り

「諦めなさい、もう、無理だ」
 固い表情で肩を叩かれる。けれど私は動けない。目の前に横たわるマスターから目をそらせない。
 だって寝ているのだから、いつか起きるんでしょう?
 マスターはもう何日も眠っているのだし、そろそろ起きないと目玉が溶けてしまう。
「マスター……」
 でも、何度も声をかけたのに、マスターは起きない。

 包帯を巻かれた手足がひどくやせ細って見える。髪の毛のつやも落ちている。それでもかすかに上下する胸が、マスターが生きてることを教えている。
「マスター……まだ起きないんですか」
 私は追い詰められた気持ちで、白いベッドに横たわるマスターを見下ろす。私がこんなふうに顔をしかめていても、マスターには分からない。
「どうした、パダワン」と言って優しく撫でてくれるはずの両手は、包帯に巻かれて無造作に投げ出されている。

「お前のマスターはもうこのままだよ」
 マスターの代わりにヒーラーが、私の頭を撫でる。何度も説明を受けた。私だってばかではないから、ヒーラーの言うことだって分かっている。
 分かっているけれど、それでも諦められなくて。

 私は内臓が収縮するような痛みを覚えた。

 私のマスター。クワイ=ガン。
 先の任務でひどい怪我を負った。さらに悪いことに有毒ガスが現場に充満していて、私が発見したときはガスの溜まった床に倒れて息をしていなかった。
「マスター!」
 声をかけても意識はなく、とっさにフォースで意識を手繰り寄せようとしたけれど私には出来なかった。
 マスターはそのまま医療施設に運ばれ、治療を受けた。

 そして永遠に目覚めない眠りについてしまったのだという。
 マスターは息をしているけれど、もう二度と起き上がることはないと。
 私にそれを信じろというのか。

「……マスター、私はわがままを言ったことはあまりないですよね」
 子供じみた真似はしたくなかったけれど、あんまり切なかったので。

「私のたった一つのお願い、聞いてください」
 最後の最後に、あなたが見ていないところで。あなたに聞こえないところで。

「マスター、もう一度目を覚まして私の名前を呼んでください」
 子供じみたわがままを言うことを、自分に許してあげる。

 もうだめだと宣告されたマスターに、それでもすがりつく惨めなパダワン。あなたが見たら叱ってくれるだろうか。それなら今すぐ起きて欲しい。そうしたら私はいくらでも叱られていいから。

 諦めのつかない私の後ろに、評議会から別のマスターが迎えに来ている。クワイ=ガンの代わりに私のマスターになる人。これからはクワイ=ガンではない人をマスターと呼ばなければならない。
 でも、クワイ=ガン以外に師事したい人なんて。
 でも、クワイ=ガンのためにも立派なジェダイに。
 でも、クワイ=ガンは生きているのに。
 でも、いつまでも駄々をこねずに運命のままに。
 でも……。
 でも……。




   ************




「……って、結局どうするか決められないままでいたらマスターの声がしたんです」
 オビ=ワンはまだぼんやりしている頭の中から記憶を探り、夢の内容を話した。ベッドに横たわったままでパダワンの話を聞いていたクワイ=ガンは、同じくぼんやりした顔で大儀そうに頷く。

「おかしな夢だな」
「そうですね。マスターが植物人間になるなんて」
「ああ……」
 まだ夜明けには早い。うなされていたオビ=ワンを揺り起こすと、始めは驚いて、それから少し涙を流して、クワイ=ガンにすがり付いてきた。怖い夢を見たのだという。

 話を聞き、クワイ=ガンは優しく微笑んだ。
「しかし問題はないだろう。ただの不安が夢に出ただけだ」
「……そうですよね」
「ああ、そんな未来は私には見えない」
「ええ、ただの夢だと思います」
 話してすっかり安心したらしい。オビ=ワンもにっこり笑うと、枕に頭を預けてゆったりと目を閉じた。

 そう、そんな未来はない。
 クワイ=ガンはオビ=ワンの頭を撫でながら、かすかに顔をゆがめた。

「ただの夢だ、オビ=ワン」
 そんな未来はない。

 なぜならそれは、未来ではなく、過去の話なのだから。

 今では知る者も少ない話だが、確かにそれは過去の出来事だった。
 任務先で怪我と毒ガスにやられ、昏睡状態になった。おそらくもう目覚めることはないと診断され、当時パダワンであったザナトスはプロクーンが引き受けることになったらしい。
 新しい師弟関係がなじむまで、クワイ=ガンのことは秘密にしておこうという話になった。

 そしてクワイ=ガンは数日の後、奇跡的な回復を遂げることになる。

「……誰から聞いたのかな」
「…………………………」
 小さくつぶやいてみるが、オビ=ワンはもう別の夢の中に行ってしまったらしい。安らかな寝息を立てている。
 けれどそんなことを知っている人間は多くはないし、誰も口の堅い者ばかりだ。それをオビ=ワンに告げた者がいるとは思えなかった。

 クワイ=ガン自身、意識不明だったので詳しい話は知らない。
 けれど永い眠りから目覚めたとき、賢く聡明なザナトスが半狂乱になって泣き叫んでいた。親を見つけた迷子のように、クワイ=ガンにしがみついて離れなかった。この子にもこんな一面があったのかと驚いたのを覚えている。

 ザナトスと自分の間の記憶を、どうしてオビ=ワンが見たのだろう。これもフォースの導きなのだろうか。

 オビ=ワンの寝顔を見ながら、クワイ=ガンは考えていた。
 ザナトスはよく出来た子だった。だから、もしあのまま自分が目覚めなくても心配ではなかっただろう。
 けれどオビ=ワンなら?

「オビ……」
 幼い頃から変わらない、飼い主を慕う子犬のような表情。飼い主が迎えに来てくれるまでいつまででも待っていそうな、悲しいほど一途な態度。
 もしオビ=ワンを残して自分がどうかなってしまったら、この子はどうするのだろう。

 いつかそのときが来る。それは避けられない。
 けれどそのときまでにオビ=ワンは強くなっているだろうか。
 自分はオビ=ワンに、1人で歩くことを教えられるだろうか。
 マスターとパダワン、2人で歩いてきた。いつしか恋人になっていた。そんなオビ=ワンが独り残されたとき……。オビ=ワンは、どうするのだろう。

 クワイ=ガンは深く息を吐いた。
 考えなければならない問題だった。
「オビ……」
 愛しい恋人はまだ未来を知らず、静かに眠っている。
 確かに彼が夢で見たような未来はない。けれどいつか必ず、同じようなことが起こるはずだった。クワイ=ガンを失う日が、オビ=ワンに訪れる。
 そのときオビ=ワンに残してやれるものはあるのか。
 オビ=ワンを悲しませない方法はあるのか。

 クワイ=ガンは考えていた。
 あたりは静かで、空は暗く、朝はまだ遠かった。



<<了>>



今さらですが、ほとぼりが冷めた頃に12345HITキリリク、ちゃまる様より「クワイ=ガンの負傷」です。ぐっはー。すっかり同人誌にかまけてサイト更新止まってました。すみません。あとキリリクも溜め込んでてすみません。こんなんですみません。このキリリクは頂戴した当初からずーっと考えてたんですが、どうしてもちゃまる様の「Inside」(名作!見てない人がいるなら今すぐ見て下さい!)が頭に浮かんでそれ以外何にも思いつかなかったんですよね……。トホホ。ようやく出たと思ったら何か変な話だし。
クワイ=ガンを失うオビ=ワンってのはひとつのテーマですが、いつかオビ=ワンを残して逝かなければならない運命を思うクワイ=ガン、ってのも面白いかなと思いまして。「死ぬんだから、私にはどうすることも出来ないじゃないか」なんて開き直るだけの薄情なマスターでは悲しい。独り残されるオビ=ワンを想像して、クワイ=ガンは何を考えるんでしょうかねぇ。
何はともあれ、ちゃまる様今さらですがリクありがとうございましたv