僕たちの永遠     BY明日狩り

 ――ここは、どこだろう。

 眠い目をこすって、オビ=ワンが身を起こす。頭の中がぼんやりとしていて、いろいろなことが思い出せない。
 なんだか、長く恐ろしい夢を見ていた気がする。肌寒さを感じてぶるっと身を震わせ、もぞもぞと布団の中へ戻っていった。

 ――布団……私はベッドに寝ていたんだ。

 気がつけば、何も身に着けていない。部屋は薄暗く、辺りの様子はよくわからない。ただ、今まで見ていた夢の残滓が頭にこびりついて離れないことと、そして暖かい布団のぬくもりだけは、何よりも確かにオビ=ワンに寄り添っていた。

 ――あったかい

 柔らかな布団に顔をこすり付けて、ぬくもりに再びうとうとしかける。とろりと意識が蕩けていき、甘い蜂蜜のようになって頭の中を渦を巻いて巡る。夢のことは次第に遠くなっていった。

 ――あったかいなぁ

 布団の手触りが嬉しくて、オビ=ワンは身じろぎした。うーんと伸ばした指先が、柔らかいものに触れる。

 ――あっ

「目が覚めたか、オビ=ワン」

 懐かしい声。

 遠い遠い記憶の向こう、もう二度と聞くことはできないと思っていた。あの日、遠いあの日に凶刃に倒れた大切な、大切な……。

「どうした、怖い夢でも見ていたのか?」

 震える胸を押さえてそっと顔を上げると、銀色の髪を掻き上げて笑う顔が隣に寄り添っていた。見た目よりも白い肌は、ベッドの中でなければ見ることができなかった。その白い肩をあらわにして、唇の端を上げて笑ういつもの表情に、オビ=ワンの心は潰れそうだった。

 ――マスター

「おかしな顔をしているな」

 ――だって、だってあなたは



 はるか何十年も前に、死んだではありませんか?



「はは、そうだったかな」

 クワイ=ガンはあの頃と変わらない表情で軽やかに笑い飛ばし、オビ=ワンの頭をくしゃくしゃとなでた。首の後ろからあごへと手を滑らせ、顔を寄せてそっと口付ける。

 触れる唇は柔らかく、添えられた手は大きくて、オビ=ワンはあふれる涙にさえ気付かないほど胸がいっぱいだった。

「マスター!」
 たまらず両手を広げて、目の前の人にしがみつく。そうしたらきっとマスターは消えてしまうだろうということが判っていながら、そうせずにはいられなかった。……いつもここで夢から覚めるのがオビ=ワンの決まりだったから。

 それなのに。
「よしよし、いい子だオビ=ワン」
「マスター……マスターッ!」
 クワイ=ガンはいつものようには消えなかった。太くたくましい腕でしっかりとオビ=ワンを受け止め、豊かな髭をオビ=ワンの頬にすり寄せる。
 何度も何度も、まるでクワイ=ガンが消えてしまうまでのわずかな時間を貪るように、オビ=ワンは腕を伸ばし、クワイ=ガンを抱きしめ、頬を寄せて、口付けた。
 何度も、何度も。

「マスター……マスター……」
「いい子だ、オビ=ワン……」
 裸の肌をすり寄せ、足を絡ませ、唇を重ねて、もう二度と離れないようにとオビ=ワンは必死になってクワイ=ガンを抱きとめた。


 クワイ=ガンは、消えなかった。


 あの日、腕の中でクワイ=ガンの命が消えていくのを感じながら、どうすることもできなかったことを思い出す。腕の中の人は次第に重くなり、温もりが波のように引いていって、腕の中から魂が抜けていくのをただ見ていることしかできなかった。どんなに抱きかかえても、引き寄せても、失われる愛しい人を留めることはできなかった。

「マスター……マスター!」
「ああ、ここにいるよ。確かに私はここにいる」
 震える声で何度も名前を呼び、そのたびにちゃんと返事があることを確かめる。とめどなく涙があふれた。
「消えないで……行かないでマスター」
 あの日言えなかった言葉も口をついて出る。それでもクワイ=ガンはそこにいて、ずっとオビ=ワンの頭をなでてくれた。

 声も、温もりも、愛しい人のすべてがちゃんとオビ=ワンの腕の中にあった。

「マスター……」
 ようやく落ち着いてきたオビ=ワンが、それでも腕の中の人を失うまいとするように、名前をつぶやく。クワイ=ガンは大きな胸の中にオビ=ワンをすっぽりと抱きかかえ、頭を、背中を、優しくなでてやる。
「いい子だ。お前は私の自慢のパダワンだよ」
 そしてオビ=ワンの右頬にキスをした。肩に垂れたブレイドを引き寄せ、そこにもキスをする。

 ――ブレイド?

 クワイ=ガンを失った証のように切り落としたはずの長いブレイドが、いつの間にか右肩にぶら下がっていた。老いたわが身もまるで少年のようなみずみずしさを取り戻している。

「マスター」
「可愛いな、お前は。ちっとも変わっていない」
「マスターも」
 そう言ってにっこりと笑い合うひとときの甘さは、どんな言葉でも言い表せない。どんな幸福にもたとえられない。

 お互いの体温を確かめ合いながら、ベッドの中で時を過ごす。外は雨なのだろうか、屋根を打つ音が他人事のように暗い部屋に響いていた。2人の部屋だけが世界から隔離されたような気分になるので、オビ=ワンはこんな雨の日が好きだった。
 頬を寄せると、柔らかい髭が顔をくすぐる。大好きな銀髪に顔をうずめて、大きな手のひらを頬に引き寄せ、中指にキスをする。

 優しさと暖かさに包まれながらも、不安が海の波のように寄せては返す。あまりにも幸福すぎて、クワイ=ガンを失うのが死ぬことよりも怖かった。
「マスター、大好きです」
「私もだよ、オビ=ワン」
「大好き……大好きです……」
 不安の波の数だけ、大好きを繰り返す。愛しい人が波にさらわれないように、たとえその日が来ても後悔しないように、伝えられる限りの「大好き」を伝えようとする。どんなに繰り返し言ったところで伝えきれるわけがないことはわかっていながら。

「不安か?」
 短い問いかけに、オビ=ワンは素直にうなずく。あまりにも長い時間失っていたこの温もりを、再び手放すことになるかもしれないと想像しただけで気が狂いそうだった。
 クワイ=ガンは静かに微笑み、不安と緊張でまだいささか硬いオビ=ワンの体を力強く抱きしめた。

「オビ=ワン、わかるか?」

 ――何がですか、マスター?

 腕に抱かれたまま、声に出さないで尋ねる。そのオビ=ワンの目に柔らかい光が差し込んできた。

 ――朝

「違う、朝ではない。よく見てご覧」

 暗かった部屋に明かりが差す。始めは窓から光が入ってきたのかと思ったが、暗い壁の間からも床の隙間からも差してくる。光は次第に部屋中に降り注ぎ、やがてすべてが光に包まれた。

 あふれる光の中を、ベッドだけが滑り出す。

 ――ベッドの船

「オビ=ワン、見に行こうか」

 ――何をですか

「私たちが生まれてきた場所だ」

 体を起こして、クワイ=ガンが前を見据えた。光の向こうに何かが見える。オビ=ワンも目を凝らしてそれを見ようとした。
「……あれは何ですか?」
「あれは、木だよ」

 光の向こうにぽつんと見えたしみのような影は近づくにつれてどんどん大きくなり、マッチ棒くらいになり、剣のようになり、確かに葉がついた木のように見えた。それも並大抵の大きさではない。背を越すほどの高さかと思うとそれ以上に大きく、宇宙船くらいかと思ったが近づくにつれてもっともっと大きな木であることがわかってきた。
「すごく大きな木です」
「ああ、そうだ。大昔の森だよ」

 近づいていくと、それは見たこともないような大木の大森林だった。ビルのように高い木が視界を埋め尽くすほどにそびえ立ち並んでいる。大きな木の枝の下を行くと、白い柔らかな粉雪が降ってくる。
「……雪じゃない……胞子だ……」
「この森は生きている。大昔に、こうやって生きていたんだ」
 クワイ=ガンが懐かしそうに言う。けれどオビ=ワンは思い出していた。こんな風に大きな植物は惑星の生態系の初期に現れるもので、生物が現れる頃には絶滅しているはずだ。だからクワイ=ガンが懐かしそうに語るものじゃない……。

 けれどオビ=ワンもまた、見たことのないその世界を懐かしいと感じていた。まるで惑星の生命に抱かれているような、不思議な懐かしさが胸にこみ上げる。それはクワイ=ガンの胸に抱かれているときの安心感にも似ていた。

 とてつもなく大きな樹海の中を、胞子に降られながらゆっくりと進んでいく。心までふわふわと漂うような気持ちのオビ=ワンは、だからいつのまにかベッドが消え、クワイ=ガンと手をつないでゆっくりと下へ落ちていることにも気付かなかった。

 かすかな衝撃があって、水に落ちたのだと分かった。

 ――マスター

 ――手を離すなよ

 つないだ手に力を込めて、オビ=ワンは柔らかい水の中を沈んでいく。水を吸い、水を吐いて、魚のように呼吸することを、オビ=ワンは懐かしいと思った。
 見上げると、水面に光が反射してきらきら輝いている。いつか見た風景だと思った。いつか……いつのことだったのだろう。こんな風に水の中を漂い、柔らかい海に抱かれて、ただ流されるままに生きていたことがあったような気がする。

 つないだ手を力強く引かれる。抱きしめられ、オビ=ワンは目を閉じた。

 ――ずっとこうしてたことがあった

 ――オビ=ワン

 ――こうやってただ、海の中を漂っていた

 ――そうだよ、命が生まれた一番最初に

 ――僕たちはずっと一緒だった

 ――すべての命はここから生まれ、そして常に共にあった

 それは原始の命とも言うべき、すべての生命の源だった。フォースとも呼ばれているその命の海を、オビ=ワンとクワイ=ガンの魂がつながりあって漂っている。

 すべて溶け合い、もう二度と離れることもない。言葉もなく、不安もなく、何もなく、けれど命だけはここにある。つながるべき魂がある。











 オビ=ワンは手を伸ばした。

 触れた肩は冷たい空気にさらされて、少しだけ冷えていた。手のひらで暖めて、キスをする。クワイ=ガンは布団を引き寄せると、すっぽりと2人の体を覆った。
 お互いの温もりを味わいながら、静かに呼吸を繰り返す。約束の言葉は要らなかった。確かめることは何もなかった。静かな部屋の中で、ただこうして温もりを分け合いながら永遠の時間を過ごすだけでよかった。

 もう、決して離れることはない魂。

「ずっと……こうしたかったんです……」

「ああ……私もだ……」

「大好き……」

「好きだよ……」

 幸せを口の中で転がすように味わう。何度言っても言い足りないその言葉は、蜂蜜のように甘かった。

 頬を寄せると、柔らかい髭が顔をくすぐる。大好きな銀髪に顔をうずめて、大きな手のひらを頬に引き寄せ、中指にキスをする。何度でもそうしていればよかった。もう誰も、何も、2人を分かつことはできない。

「ずっとあなたと……いっしょにいたかった……」

「お前のそばにいたかったよ……」

「愛してます、マスター」

「オビ=ワン、私のパダワン」

 繰り返し、繰り返し。

 何度でも、何度でも。

 ただ永遠の時間の中を、2人で漂っている。

 暖かい命の海を。

 互いの命を感じながら。

 すべての命を感じながら。






 ただ、漂っている。







<<END>> inspired by Hiroko Taniyama "UMI NO JIKAN"




谷山浩子、ご存知ですか? 私の大好きなシンガーソングライターなんですが、「海の時間」という曲が大好きで大好きで、ちょっと拝借して書いてみました。こうやってオビ=ワンのつらい人生を少しでも幸せなものにしてやりたいという明日狩りの試みです。オビ=ワンを幸せにするために日々頑張ってます。
一応、フォースになったクワオビなイメージで。