| その惑星の市場は、ちょっとしたお祭り状態だった。 「マスター……マスター……?」 予想外の人ごみに揉まれて、すっかりはぐれてしまったようだ。オビ=ワンはため息を吐いて、フードを深く被った。独りになったときには特に注意して揉め事を避け、顔をさらさないようにするように気をつけていた。 あまり人出のない街だと聞いていたのだが、今日は露天商が多く立ち並び、道行く人々に声をかけている。 (……お祭り、かな?) オビ=ワンはローブの奥からじっと辺りの様子を窺った。人々は手に手に可愛らしい装飾を施した包みを持っている。どうやら今日は誰かに贈り物をする日らしい、ということに気付いた。それで綺麗なプレゼントを売る店がたくさん出ているのだ。 露店の様子から察するに、お菓子やアクセサリーがプレゼントの主流のようだ。それをどこの店も綺麗にラッピングしてくれる。 「お腹すいたな……」 綺麗なチョコレート細工を売っている店で、あまり飾り気のない安い小袋入りのを買った。 「包装はいいです」 そう断ると店の主人は変な顔をして、そのまま渡してくれた。今日という日に、自分のために菓子を買う人間など珍しいのだろう。オビ=ワンはなんとなく恥ずかしい気持ちで、ローブのフードを深く下げた。 絞り出しのチョコレートは舌の上でとろけるように甘く、それをひとつふたつと口に放り込みながら街を歩く。街のあちこちでは少年が少女に、少女が少年に、恋人同士が互いに、夫婦もまた例に漏れず、手にした包みを想い人に手渡している。始めは物珍しい気持ちで見ていたオビ=ワンも、この街のすべての人が想い人の元へと走る様子を見ていて、だんだん淋しくなってしまった。 (マスター……どこにいるんだろう) 早く会いたい。そんな気持ちにさせられる街だった。この雰囲気の中だったら、マスターの姿を見つけた瞬間に抱きついてもおかしくないよね、などと空想する。しかし仮にも任務中の2人だ。街の雰囲気に浮かれて贈り物を買って渡す、などということまではできないだろう。 (もうちょっと綺麗なの買えばよかったなぁ) 自分のお腹を満たすために買ったチョコレートの最後のひとつを恨めしげに見つめ、オビ=ワンはそれをそっと袋の中に戻す。食べたかったから買った、と言えばクワイ=ガンも怒りはしないだろう。そしてその最後のひとつが余ったからマスターに上げます、ということにすればおかしくはない。 けれどそこまでしてたった1粒のチョコレートを渡したところで、何か意味があるんだろうか? 「あ〜あ」 オビ=ワンはため息を吐いてとぼとぼと街を歩いた。行き交う幸せそうな人々の横をすり抜け、当てもなくマスターを探す。 混雑する道を行き、人を避けようと右に身をそらす。すると、前の人影も同じ方向へ動いた。反射的に左へ避けると、その人も同じように動く。 「あ、すみません」 オビ=ワンは顔も上げずに短く謝ると、反対側へ避けて歩こうとした。しかし今度もまた、目の前に立ちふさがってくる。 「あの、すみません」 今度は顔を上げて、相手の顔を見る。それは、同い年くらいの少年だった。たまたま同じ方向に避けてしまうということはよくあることだ。オビ=ワンは相手の動きを確かめながら、今度こそすれ違えるよう身を翻した。 しかし、今度もまた同じ影が立ちふさがる。 「えっ」 まさか行く手を阻まれるとは思っていなかったオビ=ワンは驚いて再び顔を上げた。オビ=ワンより少しだけ背が高く、人目につかないように身をかがめているオビ=ワンにはずいぶん長身に見えた。 「あの、何か?」 フードの奥からじっと顔を見上げる。黒い髪の毛を短く刈り、日に焼けた健康そうな顔には怒ったような困ったような表情が浮かんでいる。その真っ黒な目が、じっとオビ=ワンを見下ろしていた。 「あの……」 オビ=ワンが困惑していると、少年は唐突に右手を突きつけてきた。 「えっ」 驚くオビ=ワンに、まるで怒鳴りつけるかのように少年は声を発する。 「お前、可愛いな。これやる!」 「えっ、えっ?」 何事かとあたふたするオビ=ワンの手に、少年は持っていたものを押し込んだ。そのまま踵を返し、跳ぶように姿を消す。 「ま、待って!」 あわてて追いかけようとするが、なにぶん不案内な街のことだ。瞬く間にその後姿を見失ってしまった。 何が起こったのか、理解できない。 困って手に握らされたものを見ると、それはくまのぬいぐるみだった。首元に大きなリボンをかけたくまは、少年と同じ黒い目でじっとオビ=ワンを見つめている。どう見ても、今日の日の特別な贈り物に違いなかった。 「僕に……?」 その少年のことは、もちろん知らない。それに贈り物をもらわなければならない理由もわからない。ましてやその贈り物が、いかにも女の子が喜びそうなぬいぐるみとなると、ますます何がなにやらさっぱりわからない。 ぬいぐるみを持って途方に暮れていると、後ろから肩をつかまれた。 「ひあっ!」 「ここにいたのか、オビ=ワン」 声の主はクワイ=ガンだった。懐かしささえ感じるマスターの声に胸がきゅっとなる。 「マスター」 「お前、何を持っているんだ?」 いぶかしげに問うクワイ=ガンに、オビ=ワンは真っ赤な顔をしてくまを後ろに隠した。 「待ちなさい、それは何だ?」 「や、なんでもないんですけど……その……僕もよくわかんないんですけど……」 恥ずかしがるオビ=ワンはしどろもどろに言葉を濁すが、クワイ=ガンの視線に耐え切れなくなったのか、やがて諦めて白状した。 「こ、告白、されちゃいました……」 「はぁ?」 「た、多分……」 それ以外、考えられない。 好きな人に贈り物をする日に、くまのぬいぐるみをもらってしまった。一目惚れという奴だろうか。ローブのフードを深く被っていたので、きっと自分が男だと気付かなかったのだろう。 見ず知らずの少年に好意を寄せられたと知ったら、マスターはどう思うだろう。オビ=ワンはどきどきしながらそっとクワイ=ガンの表情を窺った。 「そうか、よかったな」 「はぁ……」 しかしクワイ=ガンは思ったより淡白に話を受け入れる。 (子供の遊びだと思ってる……) オビ=ワンとしては、パダワンのスキャンダルに多少なりとも動揺するマスターが見てみたかったのだが、この成熟したジェダイ・マスターは子供の遊びには関心がないらしかった。 宿へ帰ってからも、オビ=ワンはくまのぬいぐるみについてずっと考えていた。腕の中のくまを抱きしめて、不思議そうにつぶやく。 「やっぱり、告白されたんでしょうか」 「そうかもな」 「僕のこと、女の子だと思ったんでしょうか」 「そうかもな、お前は可愛いから」 「なっ、マスター!」 照れと恥ずかしさであたふたするパダワンを笑い飛ばして、クワイ=ガンはくまを取った。 (おそらくそういうことではないと思うのだがな、我がパダワン) くまを見つめながら、心の中で密かに苦笑する。 贈り物をもらってしまったことでオビ=ワンはずいぶんと喜んで(?)いるようだが、クワイ=ガンの予想では、少年は最初からオビ=ワンにこれを渡すつもりではなかったのだろう。少年は誰か他の少女に想いを寄せていたのだ。が、贈り物を断られてしまったのだろう。失意のままこれを携えて街を歩いていたところへ、たまたまオビ=ワンが目に留まった。 おそらく悲しい気持ちを、道端で見つけた相手に押し付けて行ったのだろう。もっともその相手にオビ=ワンが選ばれた理由はわからない。少年がオビ=ワンを可愛いといったのはあながち嘘ではないかも知れない。 色恋沙汰に長けていないパダワンは、そんな風に考えることはできないようだった。恋人同士の甘いやり取りを目にしすぎたからだろうか、それとも失恋して行き場のない思いをしたことがないからだろうか。 (何しろ初恋の人が、今の恋人だからな) 「マスター、どうしたんですか?」 独りでくっくっと笑っているクワイ=ガンにオビ=ワンが怪訝な顔をする。クワイ=ガンはくまを目の前にかざすと、その小さな手を取って振ってやった。 「ケノービ君、君が好きなのは誰なのかな?」 「ちょっ、マスター! からかわないで下さい!」 「からかってないよ。今日はそういう日なんだよ?」 声色を使ってしゃべるマスターにオビ=ワンは真っ赤になる。しかし相手がくまだということに心を許したのか、素直に言葉を紡いだ。 「ねえ、くまいさん」 「くまいさん?」 「くまい=ガン・ジンさん。僕たちは今、任務中なんです。遊んでる場合じゃないんです」 明日にはまた中央政府へ足を運ばなければならない。だから君とは遊べないんだよ、とオビ=ワンは諭すように言った。 「でも、今夜くらいそんなに固く考えなくてもいいんじゃないかな? それに任務中でも、街の慣習に従うべきだよ?」 くまい=ガン・ジンと名づけられたくまの後ろで、マスターは忍び笑いをもらす。 「じゃあ、教えてあげますね」 オビ=ワンはくまいさんに近づくと、ポケットから小さな袋を出して差し出した。 「これ、僕の一番好きな人にあげたいんです」 「ケノービ君は誰に何をあげるの?」 首をかしげるくまいさんにオビ=ワンはにっこり笑うと、大きく手を広げてがばっと“2人”を抱きしめた。 「マスター!」 「おっ」 くまいさんごと抱きしめられて、クワイ=ガンが小さく声を上げる。オビ=ワンはいたずらっ子のような笑みを浮かべて、袋の中から出した1粒のチョコレートを驚いているクワイ=ガンの口に放り込んだ。 「どうですか?」 「ん……」 オビ=ワンの気持ちが舌の上でとろけるように甘い。 (まったく、こいつときたら……) 色恋沙汰には疎いくせに、人を喜ばせる方法には長けているらしい。クワイ=ガンは抱きついているオビ=ワンの体をぎゅっと押さえつけ、顔を上に向かせると唇を奪った。 「あっ」 今度はオビ=ワンが驚かされる番だ。重ねられた唇は甘く、チョコレートの味がする。 互いの気持ちを確かめ合うように、何度も貪り口付けた。腕の中で次第に力を失っていくパダワンを愛しく思いながら、クワイ=ガンは心の中で言い訳をしていた。 (街全体がこんな夜だから、な) 「オビ=ワン」 「あ……マスター……」 すっかり身を任せきっているオビ=ワンのとろけそうな表情に胸を熱くして、クワイ=ガンはもう一度口付けた。 恋人同士が甘い口付けに酔うのを、小さなぬいぐるみだけがじっと見つめていた。 <<END>> |
| はーわーわー。どういうことでしょ、これわ。特に何かを狙ったわけではないのですが、たまにはこんな師弟の一日もあったりするんじゃないかな、という感じでご納得お願いします。何か言うべきことやテーマを持たずに書いたものは、自分で良し悪しが評価できないので、いいのか悪いのかわからないんですよね。 ちなみに今回のお話は、オビ幸にUPした「たからものさがし」とリンクしています。宜しければそっちも見てくださいねv |