| こんな、夢を見た。 いつの間にうとうとしていたのだろう、眠りの闇に沈みかけていた意識が無理やり引きずり出されるように現実に立ち返る。海の底から釣り上げられた深海魚のように口をパクパクさせて、オビ=ワンはこみ上げる吐き気を抑え込んだ。 暗闇の中に時計はない。さほど大きくもない部屋は殺風景で、しんと静まり返っていた。ただ真四角に切り取られた空間の中に、オビ=ワンのベッドだけがぽつんと置かれている。カーテンはもう何十年も閃いたことがないと言いたげに黙って吊り下げられている。何もかもが真っ白に塗られ、それを夜の闇が覆いつくしていた。 「…………………………」 脇腹がずきん、ずきんと痛み出す。眉根を寄せ、痛みのありかを意識で探った。処置された脇腹の傷はきっちりと包帯が巻かれている。オビ=ワンは習ったとおりにその痛みに意識を集中し、痛みを友として受け入れるよう努めた。 心臓の鼓動と同じリズムで、その傷が痛む。 どくん、どくん、ずきん、ずきん。 息を吸い、息を吐いて、脇腹にある痛みを感じる。痛みはいつでも耐えられないほどではなかった。じっとこらえていればいつかは癒え、消えてしまうと経験で知っている。痛みはいつも耐えられないものではなかった。 だからオビ=ワンは耐えた。 いつまでも独りで耐えていた。 朝は、永遠に来なかった。 惑星ヤノスでの和平交渉は順調に進み、クワイ=ガンとオビ=ワンはその場に立ち会うだけで十分に責務を果たしていた。このままいけば明後日にはコルサントに帰還することができる。 まだ何度も任務に出たことのパダワンが少し疲れているのを見て、クワイ=ガンは彼なりに気を使ってきたつもりだったが、彼のパダワンは思った以上に強情を張る。 「疲れただろう。今日はもういいから、部屋で休みなさい」 「いいえ、マスター。僕は大丈夫です。ジェダイとして、きちんと最後まで見届けいていなければ」 そう言って厳しい顔で首を横に振るパダワンにそれ以上何も言わなかったのは、間もなく任務も完了することだろう、とクワイ=ガンが高をくくっていたせいもある。それでオビ=ワンはマスターについて遅くまで調停に立ち会っていた。 まさか、壊滅したと知らされていたゲリラ軍の残党が最後の一矢を報いるべく乱入してくるとは、誰も思っていなかった。突然の爆発音とともに、ブラスターが雨のように撃ち込まれる。 「オビ=ワン! 気をつけろ!」 「イエス、マスター!」 とっさにライトセーバーを抜いて応戦するが、なだれ込んで来た一群を押さえるにはジェダイの師弟では手が足りない。人々を反対側の通路に逃がそうとするが、そうしている間にも何人かの要人が凶弾に倒れていく。 煙がもうもうと立ち込める部屋の中で人々を誘導し、ブラスターの軌道をライトセーバーで跳ね返しながら、オビ=ワンは慎重に移動していた。間もなく騒ぎを聞きつけたヤノス政府の警備兵が突入してくるだろう。その際に彼らは、生き残りの救出よりもゲリラ兵の殲滅を第一に考えるだろうとオビ=ワンは予想した。ヤノスの人々は、人の命よりも名誉や思想を重んじるということを、ここ数日の任務の中で実感させられている。 だから自分はなるべく人々の安全を守れるような位置に立っていたほうがいい。煙の中でクワイ=ガンの姿を見失ったが、彼のフォースもまた同じように生き残りの人々を守る位置に立っていることを確認して、オビ=ワンはかすかにうなずいた。 しかしゲリラ兵の数は予想以上に多く、実戦経験の浅いオビ=ワンが必死に応戦しても形勢の崩れる気配はなかった。 「ぐっ」 そのとき、鋭い熱さがオビ=ワンを突き倒した。もんどりうって床に転げたオビ=ワンは、すぐさま立ち上がりライトセーバーで宙を斬る。 「ぎゃああっ」 浅いながらも手応えがあった。いつの間にか目の前に敵が迫っていたことに気づかなかったらしい。 「ダメだ……」 己の未熟なフォースに舌打ちして、さらに一歩踏み出そうと体を傾ける。その瞬間、右の脇腹に強烈な激痛が走った。 「つぅ……」 思わず顔をしかめ、ひざを折る。ローブを開いてみると、右脇のチュニックが焦げて大きな穴が開いていた。ブラスターの弾が貫通したのだろう。傷口が焼け焦げているため今はまだ血は流れていなかったが、体の奥がうずくように痛む。動けば出血するだろう。 「オビ=ワン! どこだ!」 「マスター、ここです!」 煙の向こうから声がする。オビ=ワンはぐっと唇を噛むと立ち上がった。今はそんなことを言っている場合ではない。 (大丈夫、これくらいなら我慢できる……) ジェダイ聖堂では『痛みを友とせよ』と教わってきた。これくらいの痛みなら受け入れられるはずだ。今はただ、マスターの重荷になりたくないという思いでいっぱいだった。 (これくらい……大丈夫だ……) 少しくらいの怪我で大騒ぎするのは嫌だった。こんな怪我のことなど後回しでいい。今はなすべきことがあるのだ。マスターの顔を思い出して、そのパダワンである自分を誇りに思って、オビ=ワンは駆け出した。 「マスター!」 声のしたほうへ駆け寄ると、クワイ=ガンが厳しい目で前方を見据えたまま指示を下す。 「オビ=ワン、私は左に、お前は後ろを」 「はいっ」 気丈に返事をして、すぐさまきびすを返す。脇腹を押さえながら後方へ回り、逃げる人々の最後尾について彼らの退路を確保した。 1人、2人とクワイ=ガンの手を逃れた敵が追い討ちをかけてくる。それらを振り払いながらオビ=ワンはじりじりと後退した。ライトセーバーを振り下ろすたびに脇腹が嫌な音を立てるが、それでもオビ=ワンはひるまない。警備兵が応援に駆けつけてくるまでは、絶対にその場を離れるわけには行かなかった。 「マスタージェダイ!」 その声を聞いたとき、ようやく来たかとクワイ=ガンは心の中で舌打ちした。 (遅い) 不測の事態に対応する態勢がなっていない。自分も含め、全体的に警戒が足りなかったのは否めないのだが。 「2手に分かれてくれ。左通路に攻撃、残りは要人の救出を」 手短に指示を出すが、警備兵の大半がゲリラ兵のいる左の通路に向かって突進していくのを見て、クワイ=ガンは眉を寄せた。まあ、こうなるであろうことは予想済みだ。 自分は後退し、室内にまだ生き残りがいないかどうかを鋭い目で確認する。あとはオビ=ワンがうまく誘導してくれているはずだ。 室内になだれ込む警備兵の流れに逆らって身を翻し、逃げ延びた人々の後を追う。 「オビ=ワン!」 「マスター……」 煙の向こうにその姿を見つけたクワイ=ガンは、振り返ったオビ=ワンの顔が紙のように真っ白になっていることに気づいて、胸を疲れるような衝撃を感じた。 「動ける人だけは全部、隣の建物に避難させました。あとは生き残りがいないかどうか確認……」 消え入るような声でそれだけ報告すると、オビ=ワンは風に吹かれた綿毛のようにふっと姿勢を崩した。 「どうした!」 差し伸べられたマスターの腕に身を預け、オビ=ワンはそれきり動かなくなる。 「オビ=ワン!」 声をかけてもぴくりともしない。見ればめくれ上がったローブの下は血でぐっしょりと濡れ、チュニックを無残に染めている。大きな穴が右の脇腹に開き、今もそこから血が滲み出していた。 クワイ=ガンは負傷したパダワンを抱きかかえ、辺りの様子を窺った。後方で繰り広げられている戦いは、警備兵が数に物を言わせて終結に向かっている。もうジェダイがいなくとも収まるはずだ。 そう判断すると、クワイ=ガンは電光石火の勢いで走り出した。 病院へ運ばれたオビ=ワンはすぐに手当てを施された。 「出血が多いですが、大丈夫でしょう。命に別状はありません」 治療師の説明を受けながら、クワイ=ガンの険しい表情は変わることがなかった。うなずき、黙って部屋を出る。 「お弟子様はこちらです」 看護士に案内されてオビ=ワンの病室に向かう。真っ白で殺風景な個室のベッドに横たえられたパダワンは、見ただけでは生死すら判然としない。生きているフォースは感じられるものの、そのそばに寄り、息をしていることを確認し、手をとってその暖かさを感じるまではクワイ=ガンは気が抜けなかった。 オビ=ワンは間違いなく生きていた。そして、治療師の言葉に間違いがなければ、このまま生き続けてくれるだろう。安らかな寝息を聞きながら、クワイ=ガンはすっと目を細めた。ベッドの傍らに腰をかけ、じっとその顔を見つめる。 「マスタージェダイ……」 よほど弟子のことが心配なのだろう。寝顔に見入って動かないクワイ=ガンを置いて、看護士はそっと病室を出た。その気配にすら気付かず、クワイ=ガンはただひたすらパダワンに癒しのフォースを送っていた。 (オビ=ワン……) なぜこんな無茶をした、と問い詰めたい思いだった。大怪我をしたのなら無理せずじっとしていなければならない。こんな風穴を開けてなおかつ動き回るなど、どうかしている。パダワンはいわば修行中の身なのだから、無理をして任務を遂行するよりも、己の安全を第一に考えるべきなのだ。 もっとも、そんなことは言葉でしか教えてこなかったのだが。 口では何度かそういう説明をしたことがあったが、自分が常に任務の遂行を最優先にしてしまう傾向があることは自覚している。それをパダワンが手本にしていないなどということはないだろう。こんなマスターについてしまったのだから、パダワンもそうなって仕方がないのだが。 それでも、己の身を大事にしてほしかった。 「オビ=ワン……」 白いベッドで眠り続けるオビ=ワンの頬をなで、手を握る。これが3人目のパダワンだ。今までパダワンの命を危険にさらした経験がないわけではなかったが、オビ=ワンはまだ13歳、パダワンになったばかりだ。経験の浅いオビ=ワンの命を守ってやれなかったことはクワイ=ガンにはショックが大きかった。 どれだけ時間が経ったのだろう。暗闇の中でじっと考え事に耽っている時間は、永遠のようでもあり、刹那のようでもあった。 ふと、オビ=ワンが目を覚ます。 「………………あ」 「オビ=ワン、大丈夫か」 瞳に眠りの色を残したまま、オビ=ワンの視線が宙をさまよう。ぼんやりとした目がクワイ=ガンを捕らえると、柔らかく苦笑した。 「ますた……」 「馬鹿者、心配させるな」 熱くなる気持ちを抑え、クワイ=ガンも苦笑してみせる。握っていた手を離そうとすると、駄々っ子のように握り返してきた。 「マスター……」 手の中にあるクワイ=ガンの大きな手を何度も確かめるように握って、オビ=ワンはじっと目を閉じた。まぶたの裏に、おぼろげながら夢の記憶が残っている。 「僕、夢を見ていました……」 「何だ?」 目を閉じていても、手のひらで、耳で、そばにいる人の存在を感じる。オビ=ワンは安心して夢の内容を反芻した。 「僕は、ここに寝ているんです」 「それは、夢ではないな」 「でも、ずっと独りなんです。独りで、誰もいなくて、ただずっと痛いのを我慢していた……」 「痛むのか?」 顔をしかめてクワイ=ガンが問う。 「それは、痛いですよ……」 「あまり痛いようなら看護士を……」 「いえ、大丈夫です。でも独りで我慢しているのだと思ったら、とても、つらくて……」 オビ=ワンの目の端から、涙が零れ落ちた。それを指先でぬぐってやり、頬を手で包み込む。 「私がそばにいる。わかるか?」 「はい……」 「私はお前の痛みを代わってやることはできない。だが、胸を痛めてやることはできる」 オビ=ワンの顔を覗き込むブルーの瞳が海の色に似て、深くオビ=ワンを引き寄せる。その海の底にこの体と同じだけの痛みが沈んでいるのかと思うと、申し訳なくもありまた嬉しくもあった。 「嬉しいです……マスター……」 「……そうか」 脇腹がしくしくと痛む。それでも、夢の中の自分とは比べ物にならないほど楽な気がした。 クワイ=ガンは『どこへも行かないから』と目で合図すると、オビ=ワンの手を離して立ち上がった。暗闇の中ではただの壁にしか思えなかったところを手で探り、ハンドルを回す。 「あっ……」 待ちかねていたかのように、さっとまぶしい光が目に飛び込んできた。鎧戸の隙間から入ってくる光はきらきらと部屋の隅々までを照らし、暗い病室を一瞬にして別世界に変える。 「まぶしいか?」 たずねるクワイ=ガンに小さく首を横に振って見せ、オビ=ワンは目を細めた。 「もう、朝だったんですね……」 窓際に立つ人の大きな影。肩を流れる柔らかな髪に光が遊び、少し動くだけでまばたきのようにきらめいた。まぶしくはないかと、少しだけ首をかしげてオビ=ワンの様子を窺っている。 「マスター……」 小さな声でオビ=ワンはつぶやいた。これからは、この人がずっとそばにいてくれる。痛みだって共にしてくれる。こんな風に誰かをそばに感じたのは初めてだった。 「閉めるか?」 「いいえ、そうではなくて……」 オビ=ワンは重い手を上げてマスターを呼んだ。さっきと同じように傍らに座り、パダワンを覗き込む。 「マスター……手を握っていて……ください……」 「ああ、いいぞ」 大きな手が再び包み込むようにオビ=ワンの手を握る。暖かくて、存在感のある手のひら。見上げれば海のような瞳に、吸い込まれる。それらすべてが産まれたばかりの光に照らされて輝いていた。 どうして、永遠に朝は来ないなんて思ったんだろう。 夢の中の自分に教えてあげたい、とオビ=ワンは思った。あのかわいそうな子供に、痛みを抱えて独り闇の中にうずくまっている子供に。 「朝は……必ず来るんですね……」 「ああ、そうだな」 マスターの声はしっかりと、オビ=ワンを支えるように肯定した。 きらめく光と、大切な人に支えられて。 少しだけ、誰かに寄りかかることを覚えた。 そんな、ある朝の風景。 <<END>> |
| 大変お待たせいたしました(汗)。11111HIT前後賞のちゃまるさんより「朝の風景」です。あああ難しかった……! 私的に心の師匠であるちゃまるさんに下手なものは出せないと悶々した挙句、結局なんだか趣旨のつかめないものに……。うう、がくり。今はこれが精一杯。コンビニでルパン3世ごっこしてきます。 ネタが思いつかなくて忍城さんに「クワオビの朝の風景ってどんなの?」と尋ねたところ、「オビが朝起きたらマスタのナニが立ってて、『ああっマスターすごいですぅ』ってドキドキして咥える」というネタをくれました。マスターが元気だとオビも嬉しかろうと思ってちょっと心惹かれましたがやめておきました。こっちのほうが良かったですか? もうひとつのリクは色っぽい感じで行きたいと思います。もうちょっとお待ちくださいませっ。 |