| 「早く帰りますよ!」 バーの女性にほとんど絡みつかれている状態のクワイ=ガンの腕を、オビ=ワンは乱暴に引っ張った。 「おいおい、ちょっと待ちなさい」 「あらぁ、せっかちねぇ坊や」 豊満な胸をクワイ=ガンの腕に押し付け、魔法でもかけるかのような手つきで顎を撫でる。顎髭を梳いて、悪戯っぽくちょっとつまんでみせた。それからオビ=ワンを見て、妖艶に笑う。 オビ=ワンは大声を出しそうになるのをこらえて、低くつぶやいた。 「坊やじゃない」 「なぁに、坊や。パパは今ねぇ、大事なお話し中なの。わかるぅ?」 「だからっ」 完全に子ども扱いされていることを知り、オビ=ワンはかっと顔を赤くした。外見はどうあれ、少なくとも中身はもう立派な17歳だ。坊や呼ばわりされる筋合いはない。 (だいたい僕は坊やじゃないし、マスターは僕のパパじゃないし、マスターがこいつから情報を聞き出さなきゃいけない事だって知ってるし、こういう場所でこういう女性から話を聞くにはそれ相応のやり方ってものがあるのも知ってるけど……。けど!) それにしても今日のマスターは調子に乗りすぎじゃないだろうか。 膝に女性を乗せ、腰を抱えて、自分は頭やら胸元やらを好き勝手に触らせるままにしている。彼女も楽しそうにクワイ=ガンの豊かな髭やがっしりとした首筋辺りをいやらしい手つきで撫でまわしていた。 ここまでしなければ、情報とやらは聞き出せないんだろうか。 ぐっと拳を握る。胸がむかむかと熱くなって仕方がなかった。 「じゃ、僕は先に帰りますから」 「おい」 クワイ=ガンが制止するのも聞かず、オビ=ワンは2人にくるりと背を向けた。大股で人ごみを掻き分け、足音も荒らかにその場を立ち去る。 ただの情報収集なのだから、何も2人で来ることはなかったのだ。オビ=ワンは何故だか自分が辱められたような気持ちがして、ひどく腹が立った。 地下になっているバーの表階段を上ると、外は風が冷たかった。ぶるっと小さく震えて、ローブのフードを目深に被る。 (あんなふうにして、マスターは楽しいんだろうか。いつまでたってもちっとも本題に入らないで、つまらない世間話ばっかりしてて、お世辞なんか言って……。 僕なら嫌だ。気持ち悪い。あんな、きつい香水の、ばかみたいな喋り方する、唇のやけに赤くて、変にてかてかする服を着てて……) 思い出す彼女の特徴を、悪意ある言葉で並べ立てる。そんな女を腕に抱いて、平然と会話していたマスターが信じられなかった。 「……ビ=ワン……オビ=ワンッ!」 ぶつぶつ文句をいいながら歩いているオビ=ワンのローブを、大きな手がぐっとつかむ。はっとして振り返るとそこにはローブすら羽織っていないクワイ=ガンがいた。慌てて店を出てきたのだろう。引っつかんできた、といった様子のローブの裾がわずかに地面を引きずっていた。 「マスター……お話は?」 「できるわけないだろう。慌てて出てきたんだからな」 不思議そうな顔で見上げるパダワンに少々苛立ちを感じて、クワイ=ガンは不機嫌な声を上げた。 「だって情報を……」 「お前が勝手な行動を取るのに、何故私だけそんな悠長なことをしていられる?」 そして短いため息を吐くと、眉をひそめて一言だけつぶやいた。 「昔はこんな子ではなかったのにな」 「もういい、今日は帰ろう」と続けて、クワイ=ガンはローブを羽織ると前を歩き始めた。ぼけっとしていたオビ=ワンは2歩、3歩と遠ざかるマスターの後姿を慌てて追う。 頭の中に、今の言葉が突き刺さっていた。 『昔はこんな子ではなかったのにな』 オビ=ワンは自分がしたことを振り返って、唇を噛んだ。 何をやっているんだろう。 分かっていたはずだ。クワイ=ガンの行動も態度も、あの場ではごく当たり前のことだった。今までだって似たようなことは何度か見てきているはずだ。それがなぜ、今日に限ってあのような行動に出てしまったのか。 オビ=ワンは自分が分からないような気がした。自分のしたことが、今となっては信じられない。 ひどく腹が立って、自分がその場に必要とされていないと思った。だからマスターだけでもいいと判断して店を出た。その自分をマスターが追ってくることが予想できなかったのだ。 「マスター」 とっさに声をかけたが、クワイ=ガンはちらっと後ろを振り返っただけで、すぐに視線を前へ戻してしまう。人ごみに紛れそうなマスターの背中を懸命に追って、オビ=ワンは泣きそうになるのをこらえていた。 謝る機会を逃したくない。今なら間に合う、とは思わなかったが、今でなければ言えないと思って、オビ=ワンは必死でクワイ=ガンのローブに手を伸ばした。 「マスター!」 「何だ」 苛立たしげなクワイ=ガンの声にますます己を恥じて、オビ=ワンは小さく背中を丸めた。申し訳ない思いでいっぱいになり、視線がだんだん下がっていく。 「マスター……申し訳ありませんでした」 「ああ、そうだな」 「マスター……」 振り払われるまいと必死にローブをつかんで、オビ=ワンは怯えた視線をクワイ=ガンに向けた。 「マスター……僕を捨てますか」 「は?」 予想外の言葉に、クワイ=ガンは引きずっていた苛立たしさを忘れた。 確かにパダワンの行動に軽い怒りを覚えてはいたものの、それがどうしてパダワンを捨てるなどという大げさな話に繋がるのか。……おそらくあの女性に対してオビ=ワンが嫉妬したのだろう、ということくらいは分かったが、そこから今の言葉に繋がらない。クワイ=ガンは考えがまとまらず、わずかに躊躇した。 無言のクワイ=ガンを肯定と取ったのだろう。オビ=ワンは震える声で何度も謝罪を繰り返した。 「申し訳ありません、マスター。ごめんなさい……ごめんなさい……っ」 「いや、もういい……が」 「ごめんなさい……本当に反省してますから……」 弟子のただならぬ様子に、クワイ=ガンは腰をかがめて視線を同じ高さにする。今にも泣き出しそうなオビ=ワンの目をじっと覗き込み、その考えを読もうと試みる。 「どうしたんだ」 「僕は……昔と変わってしまいましたか?」 「んん?」 オビ=ワンの言葉は、どうもたまに唐突過ぎることがある。……それがたいてい自分の何気ない一言によるものだということを、クワイ=ガンは覚えていた。 「僕は……昔の僕が良かったとは全然思いませんけど……でも今よりはましでしたか? 今日みたいなバカな真似をするパダワンは……」 「ちょっと待ちなさい、オビ=ワン」 なるほど、思い出してみればそんなことをさっきつぶやいたような気がする。 『昔はこんな子ではなかったのにな』 別に何かの意味があって言ったわけではなかったのだが、予想外にオビ=ワンを深く傷つけてしまったようだ。 「オビ=ワン、さっきのことなら私のミスだ。口が滑った」 「でも、本当はそう思っているのでしょう?」 言い訳をしてみるが、こんなときオビ=ワンは妙に強情を張る。とうとうその灰青色の目から、ぽろっと涙が零れ落ちた。 「思っていない」 「嘘です。僕は前より悪くなったかも知れない。マスターはそれをご存知なんです」 ぽろぽろと涙をこぼして、オビ=ワンは今にも消えてしまいそうなか弱いフォースを発した。 「思っていないぞ。ああ言ったのはそういう意味ではなくてだな……」 そういう意味ではなくて。 では、どういう意味だったのか? クワイ=ガンは自分の言葉に自問自答した。 (そう、オビ=ワンは昔はこんな子ではなかった。昔は……もっと……) 目の前のオビ=ワンに、昔のオビ=ワンが重なる。 そうだ、オビ=ワンは昔、いつだってこんな風に必死ですがりつくような目をしていた。すがりついて、置いていかれまいと必死になって、いつでも一生懸命に後ろをついてきた。「そんなに気張らなくてもいいんだぞ」と言っても聞かなかった。 いつでも捨てられることを恐れていた。まるでそんな風だった。 「オビ=ワン……」 「マスタ……」 声にならない声を振り絞ってオビ=ワンがローブを握る。「置いていかないで」と、小さな悲鳴のような声がクワイ=ガンの心に届いた。 「置いてなど、いくものか」 捨て犬のような顔のパダワンを、クワイ=ガンはぎゅっと両手で掻き抱く。あの頃と比べてずいぶん大きくなったパダワンの、けれど変わらずその心のどこかに残っている傷痕を、クワイ=ガンは悲しい思いで抱きしめた。 オビ=ワンは捨てられることを極度に恐れている子供だった。 だから、マスターに見放されないように、いつも必死でいい子を演じていた。うまくやろうとして、気合いばかりが空回りしていた。わがままなど、言ったこともなかった。 そのオビ=ワンが勝手に怒ったり出て行ったりしたものだから。 「昔と変わったな」と、そう思ったのだった。 「そうだ、オビ=ワン」 「は、い……」 怯えて震える声が悲しい。 捨てられることをあんなに恐れていたオビ=ワンが、今日はあんなにわがままを言ったのに。 気に入られようと必死だったオビ=ワンが、嫉妬を剥き出しにしてきたのに。 昔と違って、自分のことを素直に表してくるようになったのに。 「オビ=ワン、すまなかった」 「なっ……マスター?」 「私の言ったことは、そういう意味ではなかったんだ」 「そういう……どういうことですか」 眉をひそめ、まだ不安そうなパダワンの顔を両手でつかみ、クワイ=ガンはローブの袖に隠れてそっと唇を重ねた。 「なっ!?」 「オビ=ワン」 道行く人々は、2人のことなど無視して通り過ぎて行く。クワイ=ガンはうろたえるオビ=ワンの目をまっすぐに見た。 「お前は確かに昔とは変わったよ。嫉妬を隠しもせず私にぶつけてくるくらいにな」 「すっすみませ……」 嫉妬、と言われてオビ=ワンの顔が赤くなる。あれは嫉妬だったんだ、と自分の感情に初めて気付いた。 「謝るな。私は嬉しく思うよ、パダワン」 「え……」 「お前は良くできた子供だった。できすぎていて、私はずっと悲しかったのだ。自分を殺して良い子になろうとするお前がな」 「マスター……」 ようやく落ち着いた顔で、オビ=ワンが肩の力を抜く。クワイ=ガンはにっこり微笑んで、パダワンの頭を優しく撫でた。 「変わったな、オビ=ワン」 「……………………」 「今のお前のほうが、私はずっと好きだ」 「……………………っ」 「愛しているよ、私の可愛いパダワン。今のお前が何よりも、いつよりも、一番愛しい」 「…………はい」 オビ=ワンは恥ずかしそうに目を伏せて、小さくうなずいた。 「さ、帰るか」 クワイ=ガンは立ち上がると、オビ=ワンの手を引いた。オビ=ワンが慌ててほどこうとする。 「マスター! 僕はもう手を繋ぐ年じゃ……」 「ほほぅ? マスターの仕事を嫉妬で邪魔するのが、子供のすることでないと?」 「うっ……」 あんな子供っぽい嫉妬を剥き出しにしてしまったオビ=ワンは、そう言われて反論の余地がない。 報復を果たしたと言わんばかりに機嫌の良いクワイ=ガンは、ことさらふざけて繋いだ手を大きく上手に振って歩いた。 「まままマスター! 目立ちます!」 「いいじゃないか、子供と家に帰るんだ。これくらいするだろう」 「僕は子供じゃありません!」 「……そうか? そうなのか?」 「……………………見た目だけは」 困り顔で口ごもるパダワンを楽しそうに眺めて、クワイ=ガンはパダワンとの帰路を堪能しつくしたという。 部屋に帰ってから。 「オビ=ワン」 「はい?」 「どうして今日に限って、あんなに嫉妬したんだ?」 「………………うー……(恥ずかしいから嫉妬嫉妬って言わないで下さい)」 「まさか、これか?」 クワイ=ガンはオビ=ワンをひょいと抱き上げ、膝の上に乗せてやった。 「あっ……………………」 「……どうだ?」 「…………う……(そうか、これだったんだ)」 「そうかそうか、これだったか」 「ち、ちがっ」 「違わないだろう。私のひざ抱っこはお前だけのものだったからな」 「………………うう……(何で僕にも分からないことがマスターに分かっちゃうんだよぉ)」 思い返せば、誰かをひざの上に乗せることなど滅多にない。そう、オビ=ワン以外は。 意識していたわけではなかったが、確かにここはオビ=ワンの指定席になっていた。 「分かった、約束しよう。今後はお前以外は誰も、ここへ乗せたりしない」 「だっ、誰もそんなこと言ってないでしょう!」 「じゃあいいのか?」 「……うー…………ううっ(意地悪)」 「だから約束してやるんだ。ここは、お前のもの、だ。それでいいな?」 「……………………………………ありがとうございます……」 真っ赤になったオビ=ワンを膝に乗せて、クワイ=ガンはよしよしと満足そうにうなずいた。 そして……。 『ここは僕の居場所』、と そっとオビ=ワンがつぶやいた言葉は。 クワイ=ガンに聞こえていたのかどうか。 <<END>> |
| い、今更キリリクあげられてもな〜という気分でありますが、5555HITの黛さんより「独占欲むくむくなオビ=ワン」なクワオビです。ひぃっ、もう12月じゃないか! すみませんお待たせした挙句がこれで……。 独占欲は独占欲ですが、むくむくする前にしょぼんってなっちゃいましたね、オビ=ワン……。所詮この子にわがままを言い通す気力などないのかしら。私のオビ=ワンイイコチャン過ぎるんだよなぁ。 このオビ=ワンはJAの設定とは違ってます。JAはけっこう我の強いオビ=ワンだけど、私はオビ=ワンの幼少期ってクワイ=ガンに気に入られたくていい子を演じている子供ってイメージがあるんですよね。弟子入りするときに散々断られまくっちゃって、それがトラウマなんですよ。だからわがままなんてほとんど言ったこともないような模範的なパダワンです。クワイ師匠はそんな弟子を見て、それがまるで自分の罪の象徴のような気がするのですね。子供の心を傷つけた罪の。 とりあえずこんな感じでどうでしょうか。少しでもご期待に添えれば幸いなのですが……。おろおろ。 |