ことばにできない     BY明日狩り

 何も覚えてはいない。
 オビ=ワンは、そう思っている。

 思い出そうとすると、それが現実だったのか幻だったのか、判然としなくなる。
 ゆっくりと崩れ落ちるマスターの体を目で追って、自分は何か叫んだかもしれない。
 いつ飛び出していったのだろう。
 どうやってシスを葬ったのだろう。
 一体マスターに何を言われたのだろう。
 そして自分は。何と応えただろう。

 本当は分かっていた。

 けれど、思い出そうとすると身を切られるような思いがして、それが現実だと認められない。

 逃げている。
(何から?)

 オビ=ワンは小さく頭を振り、目の前の現実に集中しようとした。

 アナキンが練習用のライトセーバーを大きく振って、ドロイドと模擬戦をしている。
「もっと相手の隙を見ろ。そんなに振りかぶると自分に隙ができるぞ」
「わかってますっ」

 相変わらず素直に「YES」の一言が出ないパダワンに眉をひそめ、オビ=ワンは薄くヒゲの生えたあごを手で撫でた。

 まだまだ一人前とはいいがたいが、それでもアナキンはパダワンとしては格段にレベルが高かった。
 ライトセーバーを振るうセンスが並大抵ではない。
 目を使わずフォースを感じて相手の動きを「知る」術を、アナキンは誰に教わるともなく身につけていた。

 けれど、とオビ=ワンは思う。
 アナキンには、足りない部分が多すぎる。
 人として、ジェダイとして、根本的にあるべき何かが不足している。
 アナキンの慢心の裏に、それは隠されているのかもしれない。

「……………………」
 アナキンに教えるべきことが、分からなかった。
 ここをこうしなさいと、言葉にできるのであればこれ以上簡単なことはない。
 しかし、何がアナキンに足りないのか、それはどうやったら身につくのか、オビ=ワンには的確に表現することができない。

 それに、アナキンは何を言ってもまず口答えをする。
 それがオビ=ワンを疲れさせているのは確実だった。

 ぼんやりとアナキンの様子を見ていると、思考がまた深い淵の底に沈んで行く。
 この頃、そうやってぼんやりすることが多くなった。



 あの時。
 私はどうしたんだろう。
 どうやってマスターの傍に駆け寄ったのだろうか。
 マスターは何を言った?
 私に何を残した?

 何だか漠然としていて、思い出すことができない。

 深い淵のほとりに座り込んで、オビ=ワンは途方に暮れていた。
 その深い底を覗きこんで、ともすればその中に落ちこんで。

 あまりにも静寂。
 思考はまとまらず、ぼんやりと水面の波紋になって広がっていく。
 ここには何もない。

 悲しくて、悔しくて。
 自分が小さくて。
 何もできずに。
 過去と、後悔と、自己嫌悪と。
 けれどそれは沼の底のよどみのように、形にならず流れてしまう。

「…………………………」
 きっと、ここにないのは、言葉。

 オビ=ワンはふと頭を上げた。
 

 ここには言葉がない。

 今の自分を許し、あるいは罰してくれる言葉が。
 自分の立場をカテゴライズしてくれる言葉が。
 過去の事実が。
 アナキンへのアドバイスが。
 葬り去ることのできない想いが。

 すべてが言葉にならない。




 オビ=ワンは膝を抱えた。
 頭を垂れて、じっとうずくまる。
 やがてアナキンが訓練ドロイドをねじ伏せ、マスターに駆け寄ってくるまで、オビ=ワンは身じろぎもせずそうしていた。

「マスター? 終わりましたよ」
「……………………」
 無言のまま顔を上げ、のろのろと立ち上がる。

「お疲れ。今日はこれまでにしよう」
「マスターこそお疲れですか? 顔色が優れない」
「ああ、いや、何でもない」

 力なく手を振り、パダワンを制する。
 その手をさえぎって、アナキンはオビ=ワンを抱き締めた。

「うわっ」
「じゃあこのあとは僕と……オビ=ワン!」
「何のことだ?」

 はしゃぐアナキンに辟易して、オビ=ワンは逃げようともがく。
 しかしいつのまにこんなにたくましく育ったものか、アナキンの両腕は容易には剥がすことができない。

「夜はこれからってこと!」
「そりゃそうだ! すぐ朝になったら眠る間もない」
「どのみち今夜は眠る間なんてないよ、オビ=ワン」
「寝かせろーッ!」




 冗談とも本気とも取れる会話を交わしながら、オビ=ワンの心はいつでもあの暗く深い淵のほとりに立っている。

 何もかもが言葉にならない。

 自分が幸せなのかどうかさえ分からず、それを教えてくれる言葉もなく。

(オビ=ワン……)

 あの時マスターは何と言っていただろう。

 オビ=ワンは何度も考える。

 そうして、自分が今幸せなのかどうかを考える。




 たったひとつ、分かることがある。

 オビ=ワンは無礼な目の前の弟子を軽くにらみつけてやり、その腕をほどいた。
「ええーっ」
「何か文句があるのか?」
「ありまくりです!」
「ならばゆっくり話し合おう。後で私の部屋へ来い」

 アナキンの表情がぱっと明るくなる。

「行きます!」
「ただし、マスターに対して無礼な態度を取ったら、その時は直ちに追い出すからな」
「イエス、マスター!」

 分かっているのだかいないのだか。
 オビ=ワンは苦笑する。


 たったひとつ、どんなに迷っても。

 オビ=ワンは思う。

 どんなに心が暗闇に覆われても。
 前が見えなくなっても。
 ひとつだけ、分かること。



 出会えたこと。



 クワイ=ガンに、アナキンに。
 そして多くの人々に。
 それだけは感謝したい。
 それだけは喜びたい。

 オビ=ワンはそう思っている。

「アナキン、廊下を走るな」
「イエス、マスター」

 手のかかるパダワンだ、ともう一度苦笑して、オビ=ワンも歩き出す。

 まだ迷う。
 何も言葉にならないけれど。
 出会えたことだけは変わらない幸運だったと。

 オビ=ワンはそう思っている。





「言葉にできない」 作詞 小田和正


終わるはずのない 愛が途絶えた
命尽きていくように
違う きっと違う…
心が叫んでる

一人では生きていけなくて
また 誰かを愛している

心 悲しくて
言葉にできない

切ない嘘をついては言い訳を飲み込んで
果たせぬ あの頃の夢はもう消えた

誰のせいでもない
自分が小さすぎるから

それが悔しくて
言葉にできない

あなたに逢えて 本当によかった
うれしくて うれしくて
言葉にできない



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