| 「パダワン」 力強い両腕に抗うこともできず、オビ=ワンの小さな体はそのまま影に飲み込まれた。 「ああっ」 柔らかなベッドに体を沈め、自分が押さえ込まれていることを知る。身を捩ってその影から逃れようとするが、もっとも偉大なジェダイマスターの1人であるメイス・ウィンドゥに力でかなうはずがない。 「大人しくしなさい」 「いやっ、マスターウィンドゥ、なぜこんなことを……ッ?」 弱者の腕を懸命にばたつかせて、オビ=ワンは黒い影の下から這い出ようとした。しかし編み下げをぐいとつかまれ、紐を引かれた犬のようにメイスの顔を見上げる。その頼りなく不安げな表情がメイスの劣情を刺激することを、オビ=ワンは知らない。 「なぜ、か。教えてやろう」 手にした編み下げにこれ見よがしなキスをして、メイスはその黒い瞳を無垢なパダワンに向けた。 「ジェダイになったら必要な技術のひとつに、交渉術がある。ライトセーバーでの解決より先に必要な、最も重要なスキルのひとつだ。 交渉には2つの手段がある。相手にメリットのある条件を出して、等価で要求を飲ませること。そしてもうひとつは……」 編み下げを引き上げられ、オビ=ワンの顔がぐっと引き寄せられる。わずかな痛みにオビ=ワンの眉が寄る。 「力にものを言わせて、理不尽な要求を飲ませることだ。理解できるかな、パダワン?」 「……わかります、マスターウィンドゥ」 正義のためなら後者を行使することも躊躇してはならない、と彼はマスタークワイ=ガンから教わっていた。メイスがそのことを言っているのだということは理解できた。 「しかしマスターウィンドゥ、これは……」 「ひとつ、実践でこれを教えてやろうと思ってな」 メイスの手がオビ=ワンの顎にかかる。ひっと小さく息を飲んで、オビ=ワンは体を引こうとした。しかし強くつかまれた顎は固定され、メイスの視線から逃れることを許されない。 「私はお前たちのことを知っている。そして、それを評議会で問題にすることもできる」 「……マスターウィンドゥ? いったいなんの……」 そこまで言って、オビ=ワンはメイスが何を言わんとしているかに気付いた。さっと顔から血の気が引く。メイスは満足げにうなずき、哀れな獲物の様子を楽しみながら、言葉を続けた。 「クワイ=ガンとお前がジェダイにあるまじき関係に陥っていることは知っている。私は評議会でそれをことさら問題視し、クワイ=ガンとお前を引き離すことができるだろう。 あるいはお前たちの関係が別のところから明るみになったとき、問題をうまく回避して不問に処することもできるだろう。 ……私がどちらの行動を取るか、それは運次第とも言える。あるいは……」 そしてメイスはオビ=ワンの怯えた瞳を射抜いた。何を言わんとしているか、この若きパダワンは理解しているようだ。困惑し、絶望して、視線がさまよっている。 「あるいは……お前次第だ」 「……分かりません」 愚直なまでに正しさにしがみつこうとする様が、嗜虐心を煽る。 「分からない、と言うのなら仕方ない。運命に身を任せるんだな」 それだけ言うと、メイスは優雅に身を翻し、オビ=ワンを捨てて立ち去ろうとした。 「ま、待ってください! マスターウィンドゥ!」 弾けたように顔を上げるオビ=ワンをさらに無視して、メイスは大きく数歩足を運んだ。少年が走って縋りつくにはちょうどいい距離を、頭の中で測りながら。 予想通り服の背中を引っ張られ、メイスは首だけで振り返る。そこには半ば怯え、半ば覚悟を決めた複雑な表情のパダワンがいた。 大切なものを守ろうとする瞳は美しい。メイスは思った。愛するものを、信念を、正義を、守ろうとする素直な心は美しい。そしてその輝きゆえに、暗い欲望を誘うのだ。 メイスは手を差し伸べ、その白いほほに触れた。びくっと少年の体が縮まるのが分かる。しかし必死になってメイスの服をつかむ手を放そうとはしなかった。 (このまま……この場で服を引き裂いて……廊下の隅に追い詰め……怯える体を開かせて……壊して……やれたら……) 暴力的な妄想を心に描く。が、そんなふうに全てを台無しにするような愚かな真似は決してしない。物事はもっとスマートに、順序良く、行われるべきなのだ。 「分かったのか、パダワン?」 「は……」 震える声は最後まで言葉をつなぐことができない。オビ=ワンはそれでも精一杯の勇気を振り絞って、頭をこくんと縦に振った。 「よし、賢い子だ。オビ=ワン・ケノービ。来なさい」 メイスは長い右手を添えてオビ=ワンの小さな体を抱き寄せた。震えるその体を支えてやりながら、自室へと向かう。注意深く周囲にフォースを張り巡らせるが、辺りには誰もいない。2人を目撃するものはいない。 メイスは罠にはまって怯える小動物を満足げに眺めながら、厳格な口調で尋ねた。 「ではオビ=ワン。この交渉は先刻挙げた2つの手段のうち、どちらになるのかな?」 哀れなパダワンはうつむいたまま、身体を固く震わせた。力いっぱいこぶしを握り締めているのが見て分かる。やがて小さく吐き捨てるように、オビ=ワンは答えた。 「お互いのメリットになる……対等な交渉です」 「良く理解しているな。優秀だ、パダワン」 正しきものが不正に屈する様を楽しみながら、残酷な狩猟者は獲物を伴ってそのねぐらへと消えて行った。 * * * 近頃オビ=ワンの様子がおかしい。 クワイ=ガンはその小さな恋人の様子をじっと眺めながら、思わず漏れそうになったため息を慌てて飲み込んだ。小さなため息さえ、オビ=ワンを神経質に怯えさせるような気がしたのだ。近頃のオビ=ワンは些細なことにも体をこわばらせ、痛々しい笑みを浮かべ、傷ついた心を隠そうとする。 どんな問題に心を痛めているのかは分からない。しかしオビ=ワンとて赤ん坊ではないのだから、自分の問題くらい自分で解決するだろう。クワイ=ガンは1人の人間として、オビ=ワンに等身大の信頼を寄せていた。あれこれととやかく言ってオビ=ワンの心を暴くような真似は避けたかった。 だが、こう長いことおかしなようすが続くようでは、さすがに心配になる。クワイ=ガンは色々と考えた末、直接尋ねてみることにした。 「オビ=ワン」 できるだけ優しい声を出すよう努める。愛しい人に名を呼ばれた少年は、嬉しそうに顔を上げた。 「はい、マスター」 しかしその声はどこか沈んだ調子があった。以前のような、無邪気で底抜けに明るい声ではない。クワイ=ガンは悲しい気持ちを隠して、なるべく穏便にオビ=ワンの心に近づこうとした。 「近頃のお前は少し元気がないようだな。フォースも乱れている」 たったそれだけのありきたりな言葉にも、オビ=ワンは神経質に反応する。が、同時にまた動揺する自分を隠そうと努力しているらしい。結果としてフォースだけが酷く乱れた状態で、オビ=ワンは笑顔を作った。 「すみませんマスター。修養が足りないようです」 「言い訳はいい。こちらへおいで、パダワン」 手を広げると、子犬のように転がり込んでくる。それでもフォースの乱れは隠せない。笑顔で見上げてくるその碧い瞳さえ、痛々しい。 「何か心配事でもあるのかな」 「いえ、課題がうまくできないので悩んでいるのです」 優等生の模範回答。その答えの裏に潜むオビ=ワンの痛みを感じて、クワイ=ガンは悲しげに目を細めた。 「パダワン」 クワイ=ガンは両手でそっとオビ=ワンのほほを挟み、じっとその目を見つめた。 驚きにちょっと目を見開いて……動揺がありありと目に浮かぶ……困惑したように視線をそらし……逃げようと頭を動かして……鼻先に迫るマスターの顔をまともに見られずに……眉を寄せて……再び視線を合わせ……逃げることなく視線を合わせ……まっすぐ目を見て……みるみるその目に涙があふれた。 「マスター……」 「オビ=ワン。話してごらん」 そっと体を包み込んでやると、堰を切ったように大声を上げて泣き始めた。 「マスター、マスター、マスターーーーッ!! うわあああああっ!」 「いい子だ、オビ=ワン。可愛い私のパダワン」 子守唄のようにオビ=ワンの心に語りかける。泣きじゃくる小さな恋人を大切に大切に、軽い羽根を手のひらに載せるような心持ちで、優しく撫でる。 「マスター……マスタぁ……ごめんなさい、ごめんなさいぃ」 「よしよし、オビ=ワン。思う存分泣きなさい」 「ごめんなさい、ごめんなさい、マスタぁ……あああっ」 泣き叫び、ひたすら謝りつづけるオビ=ワンを、クワイ=ガンは辛抱強く抱いた。大きな手のひらが頭や背中をさすると、悲嘆に暮れるオビ=ワンの心も次第にゆっくりとほぐれていくようだった。 母親は子供がけがや病気をすると、手をかざして撫でてやる。限りない愛と優しさを持つ手には、特別な力が生まれるものだ。 「よしよし……愛しているよ……オビ=ワン……」 「マスタぁ……マスタぁ……大好き……」 もうこれ以上泣けない、というくらい泣きつくして、オビ=ワンの声は次第に落ち着いてきた。腕の中で安らかになっていく雛鳥のようなオビ=ワンを心から愛しく思いながら、クワイ=ガンはいまだ血を流しつづけている雛鳥の傷に触れないよう、注意深く言葉を選んだ。 「愛している。何があってもお前を愛しているよ」 「マスター……愛してます……」 「どんなことがあっても、決してお前を放さない。こうして……ずっと抱きしめていてやるから」 「本当に? 本当に、マスター?」 「ああ、本当だとも」 すると、オビ=ワンの様子が変わった。縋るような目と、戸惑う目が交互にクワイ=ガンを見上げた。何かを隠している。そしてそれを打ち明けようとしている。クワイ=ガンは泣き濡れた雛鳥のほほを指でぬぐい、濡れた唇にそっとキスをした。 「マスター……」 「どんなことがあっても、お前のことを愛しているよ。約束する。安心しなさい」 「……………………」 まだ迷っているようだった。けれど、ここまでくればあとは時間の問題だということをクワイ=ガンは知っている。そしてその通りに、オビ=ワンは決意を込めた目で愛するマスターをじっと見上げた。 「僕は……僕は最善を尽くしたつもりだったんです」 「ほぅ」 「僕はあなたのことが好きで、大好きで、愛してます。絶対に離れたくない……ずっとずっとそばにいたいです」 「私もだよ、オビ=ワン」 「だから……あなたを裏切りたくてしたんじゃないって……信じてくれますか?」 「当然だ。お前はいつでも私のことを考えていてくれるんだろう?」 クワイ=ガンは何か嫌なものが胸にこみ上げてくるのを悟られないよう気をつけながら、優しく問うた。オビ=ワンはこくんとうなずく。自分のことをどう伝えればいいか真剣に考えているようだった。 「マスタ……ぁ……」 まっすぐ目を見て口を開いた。が、声が震えている。どうしても言えないようだ。 (でも、言わなきゃ。言わなきゃ、ダメだ……!) 今にも崩れ落ちそうになる自分を叱咤して、オビ=ワンはマスターの首にしがみついた。 「マスター!」 「オビ=ワン」 「僕は……僕は……」 マスターの髪の毛の匂いがオビ=ワンの鼻先にふんわりと漂う。両手でしがみつくマスターの上半身はしっかりとオビ=ワンを支えている。勇気を出して、オビ=ワンは声を振り絞った。 「僕は、マスターウィンドゥに身体を任せました」 「!!」 何ごとにも動じないマスターが身体を強張らせたのを両腕に生々しく感じて、オビ=ワンの目に涙が浮かんだ。やはりもうダメなのかも知れない。こんなことをした自分はやはり許されないかもしれない。けれどもうここまで来ては引き返すことはできなかった。絶望するよりも先にこのことを言っておかなければならない。 オビ=ワンはまるで永遠の別れを告げるような気持ちで、全てをクワイ=ガンに告げた。 「マスターウィンドゥは僕とあなたとの関係を黙っていてくれると約束したのです。例え他の誰かに知られても、評議会でかばってくれると……約束してくれたのです。彼は僕に交渉ということを教えてくれました」 「オビ=ワン……」 マスターの腕が力強くオビ=ワンを抱き締める。そんなマスターの反応にも構わず先を続けた。 「誰かに中傷されても僕たちは僕たちのやり方で生きていけます。でも、他ならぬ評議会に否定されたらきっと……きっと逆らうことはできないでしょう。そして僕たちはもうその瀬戸際まで来ていたのです。だから僕は交渉に乗った。そうすれば僕とあなたが共に生きる時間は約束されるのですから。 あとは僕に、何事もなかったように振舞う強さがあれば……全てはうまくいくはずだった。あなたに知られることもなかった。僕の弱さがあなたを苦しめたのです……マスター……。僕のせいだ……」 悲しげにか細く消えていく声に、クワイ=ガンは一瞬、オビ=ワンが腕の中で溶けてなくなってしまうのではないかという錯覚に囚われた。 しかし力を込めて抱き締めれば、オビ=ワンはそこにいて、自分に回した両腕でぎゅっと抱き返してくれる。クワイ=ガンは叫び出したい衝動をかろうじて理性で押しとどめた。しばらくはそれが精一杯で、オビ=ワンにかける慰めの言葉さえ浮かんではこなかった。 「オビ=ワン……」 「マスター」 腕の中の小さな恋人は、いまにもどこかへ行ってしまいそうだった。それこそ必死の思いで、クワイ=ガンはオビ=ワンの身体を抱き締める。優しくしてやる余裕などとうに失っていた。今はただ自分のために、不安で潰れそうになるなる自分を押しとどめておくために、クワイ=ガンはオビ=ワンの身体にしがみついていた。 「オビ=ワン、愛している」 かろうじて、それだけが唇からこぼれた。オビ=ワンが息を呑む。 「愛している、離れないでくれ。私のそばにいてくれ、オビ=ワン」 「マスター……マスター?」 「放さない、どんなことがあってもお前を放さないと言ったはずだ」 「マ、スター……マスター!」 自分の身体にしがみついてくるオビ=ワンの声が意外な喜びに満ちているのを聞いて、ようやくクワイ=ガンは己の心を取り戻した。 「愛している。お前は……私たちのために独りで頑張っていたのだな」 「ごめんなさい……僕はうまくできなかった……僕は……」 「いいのだ。お前独りを犠牲にするのでは、私たちの関係は虚偽に満ちたものになる」 「マスター……」 クワイ=ガンは首もとに絡まるオビ=ワンの腕を解き、青く純粋に光るその双眸をじっと見て、それからもう一度強く抱いた。 「私たちは常に同じ喜びと、そして同じ苦しみとを分かち合わなければならないよ、オビ=ワン。お前は良く頑張った。最善を尽くそうとした。これからは……今この瞬間からは、2人で最善を尽くそう」 「マスター!」 「2人で、考えるのだ。正しい道を」 「…………はい、マスター」 クワイ=ガンの言葉を噛み締めるように聞いていたオビ=ワンは、やがて笑顔を浮かべながら歯切れの良い返事をした。まるで雲の間から晴れ間が覗いたようなその笑顔は、魔法のようにクワイ=ガンの心を暖める。 ほほを撫でると、嬉しそうに顔をすり寄せてくる。こぼれるような笑顔は元のオビ=ワンのものだ。苦しみを打ち明け、全て受け入れられて、オビ=ワンは正しく元のオビ=ワンに戻ることができた。 「愛している、オビ=ワン……」 「はい、マスター……」 顔を寄せ、唇を触れる。何度か触れるだけのキスを繰り返し、やがてどちらからともなく温かい舌が交わされる。深く互いを求め合い、欲望は次第に舌から指先へと移って、身体を覆う服の下へと這わされる。 「いい子だ……」 熱を持つ身体はわずかに汗ばみ、高揚する心は大きな鼓動を響かせる。 「ん、マスタぁ……」 甘えた声を出すと、全ての苦しみが嘘のように消えていくのが分かった。 いつものように、愛して、求めて、甘えて。そうすることで2人の痛みは暖かく癒され始めるのだった。 * * * 「メイス」 これ以上ないほど険しい表情のクワイ=ガンを見て、メイスはわずかに眼を細めた。仕事に臨む暗殺者のように殺気立っている。懐にした手がライトセーバーの柄を握っているであろうことは明確だった。 「私の警告は受け取ってくれたのかな、無法者」 「警告、だと?」 片方の眉を上げて、クワイ=ガンがいらいらと尋ねる。そのまま抜き打ちで一刀両断されてもおかしくはないほどの殺気だが、メイスは一切動じる様子はない。いつものように優雅な動作で首だけをクワイ=ガンに向け、底知れぬ深い瞳でまっすぐ射抜く。 「評議会に逆らうとどうなるか、少しは考えてくれたのか、と聞いているのだ」 「メイ……ス……」 「お前はお前のやり方でしか生きられぬ。それは認めよう。しかし、常に我を通して生きられると思ったらそれは間違いだということを、お前は知るべきだ」 「メイス!」 クワイ=ガンの右腕が動く。ローブの下からひらめく一撃の光刃を紙一重でかわし、メイスは息ひとつ乱すことなくクワイ=ガンに向き直る。 「我々をあまり侮るな」 そしてローブの裾をひらめかせ、クワイ=ガンに背を向けて、何事もなかったかのように歩いて行ってしまう。残されたクワイ=ガンはただライトセーバーを固く握り締め、憎しみを込めた目でメイスの背中を見送ることしかできなかった。 「クワイ=ガン」 背を向けたままのメイスが声を上げる。 「お前のパダワンに伝えてくれ。『交渉はここまでだ』、とな」 それがどのような意味なのか、クワイ=ガンにはメイスの真意が図れなかった。未来に向かって生きることしかできないのだ、という事実だけが、廊下に立ちすくむクワイ=ガンの上に重くのしかかっていた。 <<続……かない>> |
| ごめんなさいごめんなさい。メイスはこんな人じゃありません。絶対にこんな人じゃありませんl。怒らないで下さい。ごめんなさいごめんなさい。とりあえずベタな話が書きたかった、ということです。昼メロ。 |