| いつも平静な顔をしていると言われるが、それは彼のことをよく分かっていない人が言う言葉。 彼の傍にいる人なら、喜び、悲しみ、時に波立つその感情が手に取るように分かる。 「あら、どうかしたんですか?」 ティーカップを差し出して、デパは薄く微笑んだ。肘掛に頬杖をついていたメイスは、視線だけを上に向け、デパの表情を窺う。 「…………どう、とは?」 「だって、難しい顔をしていらっしゃるから」 メイスの向かいに座ったデパは、小首をかしげて「違ったかしら」という目をする。メイスは近頃ずいぶん大人びてきたデパをじっと見つめ、カップを取って口をつけた。 「難しい顔、か」 「何か考え事でも?」 無理に聞き出すわけではないが、さりげなく話を促される。何だか物分りのいい母親のようなやり方だな、とメイスは思った。 デパがジェダイになったのはもう随分昔の話だ。けれどデパはどこか放っておけない危うさを感じさせるところがあった。彼女が女性だからなのか、それとも幼少の頃から面倒を見てきたせいで心配性になりすぎているのか、ともかくメイスはデパを卒業させてからもずっと目を離さないでいた。 それが近頃ではすっかりジェダイマスターとして、評議会メンバーとしての風格を備え堂々たるものである。時にはメイスを諭して導くほどに大人びたところを見せるようになった。 「別に、悩んでいるわけでもないんだが……」 「そうですの」 聞きたいとも、聞きたくないとも言わず、デパは女性らしい優雅な手つきでティーカップを傾けた。 いつからだろう。この手の中で守り育ててきたはずの小さなデパが、気付けばすぐ隣に立ってメイスを支えている。 (子供とはそんなものだろうか……親の知らぬ間に一人前になる……) メイスはデパの顔を見つめながら、我知らず唇に笑みを浮かべた。 「今日、スレイシアが顔を出したよ。評議会にね」 何かと忙しかった評議会のメンバーは、メイスを含む4名しか出席していなかった。ダウンタウンの危険なレースに出た件でアナキンと、そのマスターであるオビ=ワンに審問を行った。話が険悪な流れになってきたところを、女性らしい明るさと聡明さで導いてくれたのがスレイシアだった。 「彼女に何て言われたんですか」 「おいおい、私はあの人にいつでも説教されているわけじゃないぞ」 心外だ、というようにメイスは呆れて見せた。しかしデパはちょっと小首をかしげて、 「でも、そのことを考えていらっしゃるのでしょう?」 ずばりとメイスの心の内を当ててしまう。 「ま、そうなんだがな……」 察しのいい奴だ、とメイスは内心舌を巻いた。そしてこんな風に当たり前のように理解を示してくれる女性の勘は、決して不愉快ではなかった。スレイシアといいデパといい、やはり独特の勘を持っている、とメイスは思っている。 「今日、スレイシアに言われたんだよ。『結婚もしたことないような人に何が分かるもんですか』とね」 小さなアナキンを寄ってたかっていじめるなんて、とスレイシアは眉をひそめて見せた。ジェダイとしてアナキンに対する厳しい審問は正しかったと思うが、スレイシアにそういう言い方をされてしまうと、やはり自分が大人げなかったのかとも思う。 (ここは託児所でも学校でもない。ジェダイ聖堂なんだ……) だからたとえ相手が子供でも、厳しく導かなければならない。ましてや相手は未知の力を持った特別な子供なのだ。確かにそう思っていた。 けれど見方によっては、アナキンは母親から引き離された寂しがり屋の子供だ。弟子を育てたことはあっても息子を育てたことのないメイスには、『結婚もしたことないくせに』というスレイシアの言葉が重みを持っているように思われる。 「なるほど、あの人らしいですね」 「そうだろう。ちっとも変わっていない」 「マスターがその一言でやり込められるところ、是非見てみたかったですね」 デパはふふふ、とくすぐったそうに笑った。そういう表情はまだ少女らしいあどけなさが残っている。 「意地の悪い奴だな」 背もたれに預けた体を少し斜めにして、デパを軽く睨みつけてやる。が、デパは嬉しそうに笑うばかりだ。 「男の人ばっかり集まって、みんなしてアナキンをいじめていたのでしょう? マスター・スレイシアが正しいと思います」 「そういうものかな」 「そういうものです」 やはりデパは物分りのいい母親のように、柔らかいながらもきっぱりと言った。 「小さい頃からずっと、評議会って怖いものだとばかり思ってました。そんな風じゃどんな子供だってきちんと学べません」 「評議会は子供の……」 「子供の世話をするためにあるんじゃない、でしょう?」 「……………………」 デパに先手を打たれて、メイスは黙り込む。納得がいかない顔のメイスに、デパはまた、ふふふと楽しそうに笑った。 「マスター」 カップを置き、デパが顔色を窺うように言う。 「ん」 「この世の中に、戦争だの平和だの貿易だの組合だの政治だのがあるのは、なんのためだか、ご存知ですか?」 「……………………」 唐突に難しい問いをかけてくる。メイスは黙ってカップを傾けながら、軽く自分の心の中を探ってみる。 「平和のため……じゃないのか」 曖昧な答えは畳み掛けるように返された。 「でも、平和だって何のためにあるんでしょう。お分かりになりますか?」 それは考えなければならない問題だ、と言おうとしたメイスに、デパは軽く首を振って見せた。 そんなふうに考えていたんじゃ、いつまで経っても分かりませんよ。 まるでデパはそんな風に言っているようだ。 「このごろ私にもわかって来ました。あなたは、ご存じないでしょう。だから、いつまでも不幸なのですわ。それはね、教えてあげます」 そしてデパはにっこりと笑った。 「それは、女がよい子を生むためです」 最初、メイスはその言葉を笑おうとした。デパの言葉はあまりにも主観的で、普遍的でないように思われたのだ。けれどデパの目は輝いていて、しっかりと腰を落ち着けた体がまっすぐこちらに向いている。 今、デパの言葉に反論しうる説得力を持った言葉など、メイスには何一つないような気がした。 「そんなものかな」 「そんなものです」 そしてデパは、やはり少女のような悪戯っぽい顔でくすくすと笑った。 なかなかどうして、女には敵わない。 メイスもつられて苦笑せざるを得なかった。 |
| パクリです。ゴメンナサイ。デパの言葉はまるまる太宰治の「斜陽」から借りてきました。太宰はあんまり好きじゃないんですが、この言葉だけはいいなぁと思うのです。女の強さを感じて。 デパちゃんとメイスの関係はこんなだったらいいなと思います。これが恋愛になってもいいんだけど、とりあえずメイスは一生女に勝てない人だろうという気がする。対してデパちゃんは物腰は柔らかいけどきっぱりと譲れないところを持つ。主導権は男で、決定権は女、という男女の理想的な位置関係かななんて思ったりして。 |