「なに、これ」

いきなりホルマジオから「すぐにオレんちまで来い」って電話が来たから何かと思えば「いいから今すぐ来い」としか言わない。
もしそんなメールが来てもおれは多分面倒臭がってメールに気付かないフリをしただろうから、電話で呼び出したホルマジオの判断は正しいのだろう。さすが、おれの扱い方を良く分かってると言うかなんと言うか。
けど今の状況はサッパリ意味が分からない。
「今すぐ来い」としか言わず何の用かも教えてくれなかったから、もしかしてそれしか言えないような大変な状況(例えば対立組織の人間が奇襲を仕掛けて来たとか)なんじゃないかって、自分のアパルトメントを出てから段々心配になって来て気付いたら早足だった足が走り出してたんだ。

走ったんだよ、このおれが。
自慢じゃないけどおれは思いっきり文系で、運動神経はせいぜい人並み。能力を生かした殺しの仕方以外は特に訓練もしない。そんなスタンドという特性にあぐらをかいてるこのおれが、自分の家からホルマジオの家まで全力で走って来たんだよ。
タクシーに乗れば良かったんだって気付いたのはホルマジオの家に着いてからだったんだけど、それじゃあもう後の祭り。
走ってる間は嫌な想像だけが頭の中を駆け巡って(「もしかして敵の襲撃を受けたんじゃあないか」「短い言葉を発する程度の通話しか出来ない状況なのか」「ホルマジオが怪我をしてるんじゃあないか」)、とてもじゃないけど冷静になんてなれなかった。
頭が冷えてくれば、もし奇襲を受けたとしたらまずおれなんかじゃなくてリーダーやプロシュートのところに連絡が行くはずだと分かるのだけれども。

それにしても、だ。
おれはそんな必死な思いでここまで走って来たんだ。
で、当のホルマジオはどうだ?
アパルトメントの外で、いつものように猫と遊んでやがる。

おれが思わず「なにこれ」なんて言っちゃうのも、分かるだろう?

「おー、思ったより早かったな」

おれが息を切らしながら額から落ちる汗を服の袖で拭っていると、ホルマジオが呑気な声で返してきた。
ホルマジオは猫が好きで、アパルトメントに集まってくるノラ猫に餌をやったりしてる。おれはホルマジオが餌をやるからここに来れば餌が貰えるって猫達が覚えちまったんだと思ってるんだけど。
だからホルマジオが猫と戯れてる光景は決して珍しくない。むしろ良く見る姿だ。
それで、おれは一体なんでここに呼ばれたんだ?

「で、なんなの?」
「あ? 見て分からねーか? 猫だよ猫」
「それは見れば分かるよ。なんでおれを呼んだのかって聞いてんだよ」

段々おれはイライラしはじめていた。
いきなり訳の分からない呼び出しをくらうし。
(勝手におれが変な想像したんだけど、)心配して走って来たら当人はいつも通り猫と遊んでるし。

これで大した用事じゃなかったら、あいつの服についてる鋲全部取ってやる!
そう思って眉間に力を込めながらホルマジオを睨むと、ちょいちょいと手招きしておれに自分の隣に座るように指で支持して来た。
だからお前は何様だよ!なんでもかんでもおれがお前の言う事聞くと思ったら大間違いだからな!
と言ってやりたいところなんだけど、慣れない長距離全力疾走なんてしたものだから足が痛くて仕方ない。なんか既に筋肉痛が来てる気がする。多分気のせいだけど。
だから、非常に、非常に不本意だけど、足を休める為にホルマジオの隣に腰を下ろした。
あんまり地面に座り込むのは好きじゃないんだけど、今はそれより足を休めたかった。

座ってみてようやく、ホルマジオの遊び相手になっている猫が黒猫だという事に気付いた。
全身真っ黒な、綺麗な黒猫。瞳の色がブルーがかった紫だ。大きさからして多分生まれてまだ2ヶ月か3ヶ月ってところだろうか。
ホルマジオは人を呼び出しておいて猫の機嫌を取るのに必死で、ノラ猫が来た時の為に部屋に常備している猫用のオモチャなんかで気を引こうとしていた。
けどこの黒猫がまた、なかなかホルマジオに懐こうとしない。オモチャでは喜んで遊ぶ癖に、ホルマジオが抱こうとすると警戒心丸出しで尻尾を立てる。

「なにホルマジオ、珍しく嫌われてんじゃん」
「しょうがねえだろ〜? コイツどんな生活して来たか知らねーけど、警戒心半端ねえんだよ。これでも最初よりは大分懐いたんだぜ?」

そこでおれは、ある事に気付いた。いや、視界に入った時からそれは見えていたんだが、改めてそれに気付いた。
その黒猫は、首輪をしていた。白い、多分皮で出来た首輪。黒い猫だから白い首輪は良く映えて、今まで気にならなかったのが不思議なくらいだ。

「ホルマジオ、こいつ首輪してるじゃん。ノラじゃないのに餌なんてやっていいのかよ」
「そうだな、コイツはノラじゃあねえなあ…けどコイツにだけは餌をやってもいいんだよ」
「なにそれ、意味が分からない。飼い猫は愛でても餌はやらない主義じゃなかったのかよ」

いつだか、ホルマジオが言ってた。

飼い猫も腹減ってんなら餌やってもいいんだけどよォ、やっぱご主人様から貰う餌が一番美味いだろうからな。だからオレは首輪をつけてる飼い猫と遊ぶ事はあっても餌はやらねーんだよ。
寝床とメシが保障されてる飼い猫よりも、その分を今日のメシにあり付けるかも分からないノラ猫に餌をやりたいからな。

自分の差し出した餌にガツガツと食らいつくノラ猫を優しい表情で見守りながらそう言ったホルマジオを、おれは良く覚えている。
だから余計に分からない。なんで急に主義を変える気になったのか。
おれは多分よっぽど変な顔をしていたんだろう。ホルマジオが苦笑しながらこう言った。

「コイツは今日からうちの猫だからな、オレがご主人様だから餌をやってもいいんだよ」

そう言ってホルマジオが黒猫を抱き上げると、黒猫は「ギャーッ」と啼きながら尻尾を立てた。

そしておれは、少々混乱していた。
チーム内の誰もが知る大の猫好きでありながら、ホルマジオは今まで猫を飼った事は一度もない。
それは、任務で長い期間家を空ける事もあるからだとか言っていたけれど、実際は多分違うと思う。
今は長期で留守にする飼い主の為のペットホテルもあるし、なんならチームのメンバーに頼めば誰かしら預かってくれるはずだ。
動物を部屋に入れるとスーツに毛がつくから嫌だとか言いそうなプロシュートや、明らかに動物の世話には向いていなさそうなギアッチョ以外だけれど。

たぶんホルマジオは、飼ってしまったペットが死ぬのが怖いのだろう。
暗殺なんて物を稼業にしてるおれ達は、誰よりも人の死を見てきている。人の死を見て来ると同時に、ターゲットの周囲の人間、それは家族だったり恋人だったりしたのだけれど、そういった人間の反応も見てきてる。
動物は人間よりも早く死ぬ。
親や、夫や、最愛の相手が死に、取り乱す人間を数え切れない程見てきた。
ホルマジオはきっと、ペットが死んだ時にああならないという自信が無いのだろう。

だから、そんなホルマジオが猫を飼うというのには本当に驚いた。
まだ小さいが、この警戒心の強さはペットショップで買ったのではなくノラを拾って来たんだろう。
ここでまたひとつ疑問。
ホルマジオに懐いてるノラ猫はたくさんいるのに、なんでこの黒猫なんだ?

「あー…聞きたい事はたくさんあるんだけどさ、なんでこいつなの?」
「んあ? どういう意味だよ」
「だってさ、他にもホルマジオに懐いてるノラ猫っていっぱいいるじゃん。そいつどう見ても懐いてないし、なんでこいつを飼おうと思った訳?」

おれがそう言うと、ホルマジオは「んあー」とか言いながら困ったようにガシガシと頭をかいた。
何か言いにくい理由なのか、はたまた特に何の意味もないのか。
しばらく口をもごもごとさせていたけれど、観念したように口を開いた。

「…笑うなよ」
「話によっては笑うよ」
「オメーなぁ…まあいい、しょうがねえなあ〜…だってよォ、コイツ、オメーに似てねえか?」

「……は?」

予想外の言葉に、今度はおれが間抜けな声を出す番だった。
痩せすぎだとか女っぽいとかチナーゼ(中国人)のなんとかって女優に似てるとか、外見に関しての不愉快な言葉は散々言われ尽くしたつもりだったがまだその上を行く物があったとは。
おれを産んでくれたお母さん、あなたの息子は猫に似ているらしいですよ。

「だって似てねえかあ?この黒い毛並み、イルーゾォの髪の毛みたいで綺麗じゃねえか。目だってよォ、オメーと似た色してるぜ。うっすらとブルーがかった紫でよォ」
「そんな事言ってたら、世界中にいる黒猫の30パーセントはおれに似てる事になると思うんだけど」
「それだけじゃねえって。コイツの警戒心の強さ見ただろ?コイツ、こんなに警戒心強くて触ると嫌がるのに離れると遠くからオレの事じっと見てんだよ。人間を信用出来てねェんだな。けどどっかで信用したい気持ちもある、オレが自分を傷つける人間かどうか観察してんだよ。そんなとこがチームに入ってばっかの時のイルーゾォに似てる気がしてな」

で、つい情が移って飼う事にしちまった。
そう言ってホルマジオは笑ってるけど、おい、おれは何だかすっごく恥ずかしいぞ!?
チームに入った頃の事なんて忘れてくれよ!確かにおれは最初メンバーにも馴染めなくて唯一近付いて来たホルマジオを信用出来る人間か距離置きながらも試してたよ!けどそんな話今更出すなよ何年前だと思ってんだ!

「そうそう、オメーを呼んだ用事なんだけどな〜、コイツ、まだ名前がねえんだよ。なかなかいい名前思いつかなくてよォ。一緒に考えてくれねえか?」
「…そういうのはセンスのいい奴に頼めよ。プロシュートとか」
「プロシュートがセンスいいのは戦闘センスとファッションセンスだけだ。あいつに決めさせたら適当に覚えてる昔の女の名前とかつけるぜきっと」
「…ならメローネ」
「お前、自分に似てるって言われた猫の名前あいつにつけて欲しいか?」
「……ごめん、おれが考える」

メローネなんかに考えさせたら、センスのいい名前も思い付く癖にわざと卑猥な言葉や意味の分からない心理学用語だとかとりあえず人前で呼びたくない名前をつけようとするに決まってる。
不本意だけどおれに似てるっていうこの黒猫に、そんな名前はつけたくない。
しかし残念ながらセンスなんてものはおれには皆無なので、いい名前なんてパっと浮かぶ訳が無かった。

しばらく頭の中で名前になりそうな単語や響きが良いだけの言葉を幾つも浮かべては消え浮かべては消えを繰り返していると、隣ではホルマジオが黒猫と一緒にオモチャで遊んでいた。
人が一生懸命お前の猫の名前考えてるっていうのに!

けど。
ふと、こいつはこれからホルマジオに育てられて行くんだな、と思った。
それなら、あの警戒心も結構早く取れるだろう。
昔のおれみたいに。
そして、ホルマジオに心を許して懐くんだろう。
昔のおれみたいに。

ああ、なんだそうか。
こいつは本当に昔の、まだチームに入ったばっかの時のおれなんだ。
メンバーに馴染めなくて、馴染もうとする努力もしなかったおれに唯一積極的に話しかけてくれたホルマジオ。
おれをチームに馴染ませてくれたホルマジオ。
おれを変えてくれたホルマジオ。

なあ、昔のおれ。
今のおれはいつも肝心な時にホルマジオの傍に居てやれないんだ。
おれが大変な時はいつもホルマジオが傍に居てくれるのにな。
だからさ、昔のおれ。
今のおれの代わりに、お前がホルマジオの傍に居てやってくれないか?

「ホルマジオ、いい名前浮かんだよ」
「お、どんなんだ?」

「『ゲンエイ』ってどう?」

おれがそう言うと、しばらくゲンエイ、ゲンエイと声に出した後に、黒猫を抱いてホルマジオは笑顔を向けた来た。

「『ゲンエイ』!いい名前じゃあねえか!よーし決まりだ、今日からお前の名前は『ゲンエイ』だぞ、飼い主はオレだけど名付け親はそこにいるイルーゾォだ。分かったか?『ゲンエイ』」

猫にそんな事言ったって分かる訳ないのに、既に親馬鹿丸出しで黒猫…改めゲンエイを目線の高さまで抱き上げて語りかけている。
親馬鹿っていうより、本当にバカだなホルマジオ。
名前を決めちまう前に、その言葉の意味を辞書やネットで調べなよ。ばーかばーか。

いきなり呼び出しちまった礼にメシおごるぜ、というホルマジオの好意に有り難く甘える事にして(正直もう腹が減って仕方が無かったんだ)、ゲンエイをアパルトメントに残してバールに向かった。
バールに向かうまでの道でもホルマジオはゲンエイのここが可愛いだの実はもう既にゲンエイの写真が携帯の待ち受けになってるだの言っていたが、おれはその話を聞きつつ他の事が気になって仕方が無かった。
だって、今日とは言わなくてもそのうち自分のペットの名前に何か意味があるか調べようとするだろう?


『ゲンエイ』というのがジャッポーネの言葉で『イルーゾォ』という意味だと知った時、ホルマジオがどんな反応をするのか今から楽しみで仕方がない。






黒猫と策士


おれが恥ずかしい思いしたんだから、たまにはお前も恥ずかしい思いをすればいいんだ!



【END】






ふおおおおーーーーーホルイルうううううーーーーーー!!!! 夢小説サイトの神無月さんがサイトでフリーリクエスト募集されてたところに、夢小説でも何でもないのに「ホルイル!」と挙手したのはこの私です。そしたらお誕生日にあわせてリク書いてくださいました! ありがたい! しかもめっちゃ好みのホルイルだーvvv わああああー! すんごい勝手なくせにどや顔のイルーゾォかわゆし! 猫やイルーゾォの不機嫌も気にせず受け流すホルマジオかっこいいまじ王子! 昔のおれが黒猫ってのが萌えすぎる。ゲンエイはずっとホルマジオになついているといいよ!
わくわくプレゼント本当にありがとうございましたーっ!
By明日狩り  2011/04/25